従業員が医療機関の受付で「仕事上のケガ(労災)である」と申告し、所定の手続きを進めた場合、会社側が一方的にその労災手続きを取り消すことはできません。
従業員が指定病院で労災受診した場合
労災保険の給付を決定し、実施するのは労働基準監督署長であり、会社ではありません。
労災保険を使う手続きは簡単です。ご自身の負傷が業務上または通勤によるものであるならば、病院の窓口で「業務災害(または通勤災害)です」と伝えるだけです。
このように、会社に遠慮することなく、堂々と事実を告げて労災保険を利用して治療を受けるのが、労働者としての正当な権利行使です。
会社の意向を気にして自分の健康保険証を使うのは「思い込みの自主規制」です。 多くの従業員の方が、会社の雰囲気を察して、健康保険を使ってしまう)ことがありますが、これは労災保険の制度趣旨に反する行為であり、本来は必要ありません。
- 労災指定病院(労災保険指定医療機関)で受診する場合、従業員は窓口で「業務災害(または通勤災害)です」と伝え、療養補償給付たる療養の給付請求書(業務災害なら様式第5号、通勤災害なら様式第16号の3)を提出します。
- 会社は、この請求書に事業主証明を行うことが求められていますが、もし会社が協力を拒否した場合でも、従業員(被災者)は証明欄を空欄にしたまま、直接、病院または労働基準監督署に提出することができます。
- 病院や労基署は、従業員からの申請を受理した後、事実関係の確認のために会社に照会を行います。
- 労災認定の可否を最終的に判断するのは、労働基準監督署長です。会社が「労災ではない」と主張しても、それが監督署の判断を覆す絶対的な根拠にはなりません。
会社に拒否権はない
従業員が労災保険を使って治療を受けたときに、会社に拒否権はなく、むしろ、会社には協力義務があります。 労災保険の加入は会社の義務であり、労働者が労災申請する際に協力することも会社の義務です。会社が不利益を恐れて拒否しても、それは違法な「労災隠し」につながる行為です。
- 会社には、労災保険給付の請求手続きに際して、労働者を援助し、協力する義務があります。
- 会社が「取り消す」という行為は法的に認められていません。会社ができるのは、労基署に対して「業務外であると考える理由」などの意見を具申することのみです。
- 労基署は、提出された書類、医師の意見、そして会社からの意見や事実確認の結果などを総合的に判断し、公正な立場で労災認定を決定します。
健康保険証は使えない
最も重要な点は、仕事中や通勤中のケガや病気は労災保険の適用対象であり、健康保険(社会保険)は使えないということです。別な言い方をすれば「使ってはいけない」のです。
もし病院で誤って健康保険証を使ってしまった場合は、後から労災に切り替える手続きが必要になり、一時的に医療費の全額(10割)を自己負担してから、労災保険に請求して払い戻しを受ける(または、病院で労災への切り替え手続きをしてもらう)という手間が発生します。
したがって、窓口では必ず「仕事上のケガなので労災でお願いします」と伝えることが重要です。
健康保険を使ってしまったら
もし健康保険を使ってしまったら、以下の対応を強くおすすめします。
- 病院に申告: 治療中の病院に対し、負傷の原因が「業務上(または通勤途上)である」ことを明確に伝え、労災保険への切り替えを依頼してください。
- 必要な書類の準備: 労災指定病院であれば、所定の請求書(様式第5号や第16号の3など)が用意されています。これに必要事項を記入します。
- 会社の証明が得られない場合: 会社が事業主証明を拒否した場合は、その旨を病院または労働基準監督署に伝え、空欄のまま提出して構いません。(労働基準監督署長が判断するので必ず労災の給付があるとは言えませんが。)
もし、労災申請を進めるにあたって、会社から不当な圧力を受けたり、嫌がらせを受けたりする懸念があるようでしたら、労働基準監督署に相談し、状況を伝えておくことが、ご自身を守るための手段となります。

