Last Updated on 2025年9月20日 by 勝
複線型人事制度とは
複線型人事制度とは、企業内に複数のキャリアコース(職務・職群)を設け、従業員が自身の志向や適性に合わせてキャリアを選択できる人事制度のことです。
従来の「単線型人事制度」では、管理職への昇進が唯一のキャリアパスとして確立されていました。これに対し、複線型人事制度では、管理職以外にも、特定の専門分野を極める「専門職(スペシャリスト)」や、地域限定で働く「地域限定社員」など、複数の選択肢が用意されます。
複線型人事制度が適している業種
複線型人事制度は、特に「高度な専門性」や「多様な働き方」が求められる業種の企業に適しています。
1. 高度な専門職が不可欠な業種
IT、研究開発、コンサルティング、医療、金融などの分野は、技術革新が激しく、専門知識やスキルを持つ人材が企業の競争力を左右します。
- IT・テクノロジー系企業:優秀なエンジニアやデータサイエンティストは、必ずしも管理職を志向するとは限りません。複線型人事制度を導入することで、管理職にならずとも、技術力で高い評価を得られる「エキスパート職」や「スペシャリスト職」といったキャリアパスを用意できます。これにより、専門人材のモチベーションを維持し、他社への流出を防ぐ効果があります。
- 製薬・化学・自動車などの研究開発部門:長期的な視点での研究開発には、特定の分野を深く掘り下げる専門家が必要です。研究者や技術者が、管理業務に追われることなく、自身の専門領域を追求し続けられる環境を提供します。
2. 多様な働き方が求められる業種
小売、サービス、流通など、全国に拠点や店舗を持つ企業は、従業員の働き方に対するニーズが多岐にわたります。
- 小売・サービス業:転居を伴う異動が可能な「総合職」、特定の地域に限定して勤務する「エリア職」、事務業務を担う「一般職」など、従業員のライフスタイルや希望に応じた多様な選択肢を提供できます。これにより、地域に密着した店舗運営のスペシャリストを育成したり、家庭の事情などで転勤が難しい優秀な人材を確保したりすることが可能になります。
3. 組織規模が大きく、職務が多岐にわたる企業
大手製造業や商社、金融機関など、従業員数が多く、職務が営業、技術、経理、人事など多岐にわたる企業も適しています。
- 管理職ポストの不足解消:従業員の増加に伴い、管理職のポストには限りがあります。管理職への昇進だけがキャリアの成功と見なされる単線型では、多くの従業員がキャリアアップの機会を失い、組織の停滞につながります。複線型人事制度を導入することで、管理職以外の道でも評価される機会が生まれ、組織全体の活性化につながります。
これらの業種に限らず、従業員の個性や専門性を尊重し、従来の画一的なキャリアパスから脱却したいと考える企業であれば、どのような業種でも有効な人事制度と言えます。
複線型人事制度の主なキャリアコース例
- 総合職コース: 管理職を目指し、さまざまな部署や業務を経験しながらゼネラリストとしての能力を磨くコース。
- 専門職コース: 特定の専門分野(例:技術開発、研究、財務、法務など)で高度なスキルを追求し、専門家としてキャリアを築くコース。
- 一般職コース: 特定の事務業務などに従事し、転勤や異動の少ない働き方を希望するコース。
- 地域限定職コース: 特定の地域での勤務を前提とし、転居を伴う異動がない働き方を希望するコース。
複線型人事制度の評価
導入の背景
終身雇用や年功序列が当たり前だった時代から、働き方の多様化やグローバル化が進む現代において、従業員一人ひとりのキャリア志向や価値観が多様になってきました。また、企業側も、管理職だけではなく、専門性の高い人材の確保や育成が重要になっています。このような背景から、複線型人事制度を導入する企業が増加しています。
メリット
- 従業員のモチベーション向上と定着率の改善: 従業員が自身のキャリアを主体的に選択できるため、仕事への意欲や満足度が高まります。また、ライフスタイルや価値観に合わせた働き方が可能になることで、離職率の低下にもつながります。
- 多様な人材の育成: 管理職志向の従業員だけでなく、高度な専門性を持つ人材や、特定の地域・職務に貢献したい人材など、企業の多様なニーズに応じた人材を育成できます。
- 組織の活性化: 管理職ポストの不足を補い、管理職以外の道でも従業員が評価され、昇進・昇給の機会を得られるため、組織全体の停滞を防ぎます。
- 専門性の強化: 専門職コースを設けることで、各分野のスペシャリストを育成し、企業の競争力強化につながります。
デメリット
- 制度設計と運用の複雑化: 複数のキャリアコースごとに、評価制度、給与体系、教育研修プログラムなどを個別に構築・運用する必要があるため、人事部門の負担が増大します。
- 人件費の増加の可能性: 管理職以外のコースでも昇給の機会が増えるため、人件費が全体的に増加する可能性があります。
- キャリアコース間の移動の難しさ: 一度選択したコースから別のコースへ移動することが、業務内容やスキルの違いから難しくなる場合があります。
コース変更の注意点
複線型人事制度において、コースの決定タイミングや変更可否は企業によって異なりますが、採用時点である程度コースが分かれている場合と、入社後に本人の希望や適性を見て決定する場合があります。
また、途中でコースを変更できる仕組みを設けている企業も増えています。これは、従業員のライフステージやキャリア志向の変化に対応し、長期的な人材定着を促すためです。
採用時のコース決定
- 採用時点でコースを決定するケース:
- 新卒採用の際に「総合職」「一般職」「エリア職」といったように募集職種を分けている場合。
- 専門性の高い職種(研究職、技術職など)では、最初からその専門コースで採用されることが多いです。
- 採用後にある程度の経験を積んでからコースを決定するケース:
- 入社後数年間の間に、本人の適性や希望を考慮してコース選択の機会を与える場合。
- 例えば、中堅社員に昇格するタイミングで「リーダーコース(管理職)」と「マイスターコース(専門職)」を選択させる制度などが該当します。
途中でのコース変更について
多くの企業では、従業員のキャリア自律を促進するために、コース変更を可能にする制度(「職掌転換制度」など)を設けています。
コース変更の仕組み
一般的な仕組みとしては、以下のような流れで進められます。
- 従業員からの申請: コース変更を希望する従業員が、人事部門や所属長に申請します。
- 面談・審査: 人事部門や所属長との面談が実施され、変更の理由や本人の適性、変更先のコースで求められるスキルなどを確認します。
- 試験・研修: 場合によっては、変更先のコースに必要な知識やスキルを測るための筆記試験や面接、または移行のための研修プログラムが実施されることがあります。
- 最終決定と配置: 総合的な判断を経て、コース変更が認められれば、新しいコースに配置されます。
コース変更の注意点と課題
キャリアの連続性: 特に「総合職」から「専門職」へ、あるいはその逆の変更は、求められるスキルや経験が大きく異なるため、難易度が高い場合があります。
公平性の確保: コース変更のルールや基準を明確にし、全従業員に対して公平な機会を提供することが重要です。基準が不明確だと、従業員の不満につながることがあります。
運用の複雑化: コース変更の仕組みを設けることで、人事制度全体の運用がより複雑になります。各コースの評価基準や給与体系を、変更後も公平に保つための調整が必要です。
制度への理解促進: 従業員が制度を正しく理解し、主体的にキャリアを形成できるように、定期的な説明会や個別面談の機会を設けることが望ましいです。