厚生労働省が定める「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」(エイジフレンドリーガイドライン)は、企業に対し、高年齢労働者が安心して安全に働ける職場環境の実現に向け、法令で義務付けられている事項に加えて、以下の具体的な高齢者労働災害防止対策に積極的に取り組むよう努めることを求めています。
企業に求められる主な取り組み
安全衛生管理体制の確立等
エイジフレンドリーガイドラインで企業に求められる「安全衛生管理体制の確立」は、労働安全衛生法に定められた既存の安全衛生管理体制の枠組みを活用・強化することを前提としています。
このガイドライン自体は法律のような義務ではなく努力義務・推奨事項をまとめたものですが、その具体的な取り組みにおいて、労働安全衛生法で義務付けられている事項(安全衛生管理体制の整備、リスクアセスメントの実施、健康診断の実施など)を高年齢労働者の特性を考慮してより確実かつ積極的に実施することを求めています。
特に、以下の点で労働安全衛生法の枠組みを利用することを前提としています。
- 安全衛生管理体制の活用
- 経営トップによる方針表明や体制整備は、法令に基づく安全衛生管理体制(安全管理者、衛生管理者、産業医の選任など)を高齢者労働災害防止のために明確に機能させることを求めています。
- リスクアセスメントの実施
- 高年齢労働者の特性(身体機能の低下など)による労働災害のリスクについて、法令に基づくリスクアセスメントの手法を用いて危険源を特定し、対策の優先順位を検討するよう求めています。
- 健康診断の確実な実施
- 高年齢労働者の健康状況の把握において、「労働安全衛生法で定める雇入時および定期の健康診断を確実に実施する」ことを明確に定めています。これに加えて、体力チェックなどの取り組みを推奨しています。
職場環境の改善
エイジフレンドリーガイドラインが企業に求める「職場環境の改善」は、高年齢労働者の身体機能の変化に対応し、労働災害を未然に防ぐことを目的としており、主にハード面(設備)とソフト面(作業管理)の両方で具体的な対策が求められています。
以下に、それぞれの具体的な事例を解説します。
ハード面(設備・施設)の改善事例
高年齢労働者の視力、聴力、バランス能力、筋力の低下といった特性を補い、安全性を高めるための物理的な環境改善です。
改善したいリスク | 具体的な対策事例 |
転倒・つまずき | * 通路の段差を解消する。解消が難しい場合は、スロープを設置する。 |
* 階段に手すりを設置し、滑りやすい床には防滑素材を採用する。 | |
* 危険箇所には、見やすい標識等で注意喚起を行う。 | |
動作による負担・腰痛 | * 重量物の運搬や抱え上げ作業を伴う場合、リフトやスライディングシートなどの補助機器を導入する。 |
* 不自然な姿勢を強いられないよう、作業台の高さや作業対象物の配置を調整する。 | |
視認性・聴力 | * 作業場所や通路の照度(明るさ)を適切に確保する。 |
* 警報音や注意喚起のブザーなどは、高年齢労働者が聞き取りやすい中低音域の音に変更する。 | |
* 警告表示(パトライトなど)は、高年齢労働者の有効視野を考慮して配置する。 | |
熱中症 | * 作業場に涼しい休憩場所を整備する。 |
* 通気性の良い服装(制服・作業着)を準備する。 | |
* 心拍数などを測定できるウェアラブルデバイスを活用し、体調変化を早期に把握する。 |
ソフト面(作業管理)の改善事例
高年齢労働者の敏捷性(すばやさ)や持久力の変化を考慮し、作業の進め方や時間管理を見直すための対策です。
改善したいリスク | 具体的な対策事例 |
作業負荷・疲労 | * 高年齢労働者の特性を考慮し、ゆとりのある作業スピードや無理のない作業姿勢を定める作業マニュアルを策定する。 |
* 身体的負担の大きな作業や、注意力・集中力を必要とする作業については、作業時間を考慮し、定期的な休憩時間や作業休止時間を設ける。 | |
* チーム体制や勤務シフトを工夫し、特定の高年齢労働者に過度な負担が集中しないようにする(例:ワークシェアリングの検討)。 | |
健康管理 | * 始業時に簡単な体調確認を行い、体調不良時は速やかに申し出るよう日頃から指導する。 |
* 熱中症予防のため、意識的な水分補給を推奨し、その時間も確保する。 | |
情報機器作業 | * データ入力など、相当程度拘束性がある作業では、個々の特性に配慮し無理のない業務量とする。 |
* パソコン作業を行う場合、照明や文字サイズの調整、必要な眼鏡の利用などを促す。 | |
コミュニケーション | * 職場で気づいたリスクや体調不良を相談できるよう、相談窓口を設置する。 |
* 孤立を防ぎ、何でも話せる風通しの良い職場風土づくりを促進する。 |
企業は、これらの事例を参考にしつつ、自社の高年齢労働者の就労状況や業務内容に応じて、優先順位をつけて改善に取り組むことが求められます。
健康や体力の状況の把握
- 雇入れ時および定期の健康診断を確実に実施すること。
- 労働災害を防止する観点から、主に高年齢労働者を対象とした体力チェックを継続的に行うよう努め、体力水準を客観的に把握すること。
健康や体力の状況に応じた対応
- 健康や体力の状況は個人差が大きくなるため、個々の労働者の状況に応じ、安全と健康の点で適合する業務をマッチングさせるよう努めること。
- 基礎疾患の罹患状況などを踏まえ、労働時間の短縮や深夜業の回数の減少、作業の転換などの措置を講じること。
- 疾病を抱えながら働き続けることを希望する高齢者の治療と仕事の両立を考慮すること。
安全衛生教育
- 高年齢労働者に対して、作業内容やリスクについて理解させるため、時間をかけて写真や図、映像等の文字以外の情報も活用した教育を実施すること。
- 再雇用や再就職等で経験のない業種や業務に従事する高年齢労働者には、特に丁寧な教育訓練を実施すること。
エイジフレンドリーとは、「高齢者の特性を考慮した」という意味です。このガイドラインは、高年齢労働者の就労が増える中で、労働災害の増加を懸念し、予防的な観点から策定されました。