SDS(安全データシート)とは

安全衛生管理

SDS(安全データシート)とは

SDSとは Safety Data Sheet(安全データシート)の略です。

これは、化学物質や、化学物質を含む製品を他の事業者へ譲渡したり提供したりする際に、その物質の危険性・有害性安全な取り扱い方に関する詳細な情報を伝えるために作成が義務付けられている文書です。

SDSは、世界的な基準であるGHS(化学品の分類および表示に関する世界調和システム)に基づき、統一された16項目で構成されています。

特に重要な情報としては、以下のようなものがあります。

  • 危険有害性の要約(GHS分類): どのような危険性・有害性があるか(例:引火性、急性毒性など)
  • 組成及び成分情報: 含有されている化学物質の名称(CAS番号など)や濃度
  • 応急措置: 物質にばく露した場合の対処方法(目に入った、皮膚に付着したなど)
  • 取扱い及び保管上の注意: 安全な取り扱い方法、保管条件
  • ばく露防止及び保護措置: 許容濃度、使用すべき保護具(マスク、手袋など)
  • 適用法令: 労働安全衛生法などの関連法規における該当情報

SDSは、製品のラベル表示と並び、職場で化学物質を安全に管理するための最も重要な情報源となります。

SDSに関する規定

労働安全衛生法(安衛法)は、職場の労働災害を防止し、労働者の安全と健康を確保することを目的としています。この法律において、SDSは化学物質の安全管理のための中心的な役割を担っています。

SDSの交付(通知)義務

労働安全衛生法では、労働者に危険または健康障害を生じるおそれのある化学物質(政令で定められた物質)を譲渡・提供する事業者に対し、SDSを交付すること(情報提供すること)を義務付けています(法第57条の2)。

  • 目的: 譲渡・提供を受けた事業者が、その情報をもとに職場で適切な化学物質管理や労働災害防止対策を講じられるようにするためです。
  • 情報の更新義務: SDSの記載事項に変更があった場合は、遅滞なくその情報を通知し直す義務もあります。

SDSの交付については、下の「SDS交付の補足」の項目でもう少し詳しく解説しています。

リスクアセスメントの実施義務

SDSの交付等により提供された情報に基づき、化学物質を取り扱う事業者は、その物質による労働者の危険性または有害性を特定し、リスクアセスメント(危険性・有害性の調査と評価)を実施することが義務付けられています(法第57条の3)。

  • 手順: SDSで確認した危険性・有害性情報に基づき、作業者がどの程度ばく露する可能性があるかなどを評価し、そのリスクを低減するための措置(作業方法の改善、保護具の選定など)を講じる必要があります。

ラベル表示の義務

SDS交付義務の対象となっている物質については、その容器や包装に危険性・有害性を示すラベル表示をすることも義務付けられています(法第57条第1項)。

  • 役割: ラベルは、作業者に危険性を簡潔に分かりやすく伝え、SDSはより詳細な情報を提供する、という役割分担になっています。

関連法令によるSDSの規定

SDSの提供を義務付けている法令は、労働安全衛生法の他にもあります。

労働安全衛生法

労働災害の防止を目的とし、職場で使用する化学物質の安全情報伝達を義務付けています。

化管法(PRTR法)

特定化学物質の環境への排出量の把握等及び管理の改善の促進に関する法律(化管法(PRTR法))は、環境保全を目的とし、指定化学物質の排出量把握と、事業者間での情報伝達(SDS)を義務付けています。

毒物及び劇物取締法

毒物・劇物による保健衛生上の危害防止を目的とし、これらを譲渡・提供する際のSDS(様式は異なる)提供等を義務付けています。

これらの法令は、それぞれ異なる目的(労働災害防止、環境保全、危害防止)でSDSの提供を義務付けていますが、記載内容はJIS Z 7253という日本産業規格によって統一されており、基本的に同じSDSで複数の法令の要件を満たすように運用されています。

SDS交付の補足

SDS(安全データシート)の交付について詳しく説明します。

SDSの交付方法と「添付」の要否

労働安全衛生法は、「譲渡・提供する際に、通知事項を記載した文書を交付する」ことを義務付けています(法第57条の2)。

  • 「添付」は必須ではない: 法令上、製品に物理的に添付することまでは義務付けられていません。大切なのは、購入者(譲渡・提供を受けた事業者)に、製品と同時に、またはそれまでに情報が確実に伝わることです。
  • 電子的な交付も可能: 相手方(購入者)の同意があれば、FAXや電子メール、あるいは自社のウェブサイトに掲載し、そのアドレスを伝達するなどの電子的方法による交付も認められています。

重要なのは、SDSが作業現場での安全な取り扱い、保管、リスクアセスメント(危険性の調査)に利用されるため、製品を使用する場所に情報が確実に伝達されることです。

同じ製品を反復して販売する場合の取り扱い

同一の事業者に対し、同じSDS交付義務の対象製品を継続的に(繰り返し)譲渡・提供する場合、毎回SDSを交付する必要はありません。

交付が免除される条件

  1. 同一の事業者への提供であること。
  2. 同一の製品であること。
  3. 最新のSDSを既に提供済みであること。

つまり、一度、最新版のSDSを相手方に提供し、相手方がその情報を持っている状態であれば、二回目以降の納入時にはSDSの再交付は省略できます。

再交付が必要になる場合(義務)

ただし、以下のいずれかに該当する場合は、再度SDSを交付しなければなりません。

  1. SDSの内容に変更があった場合
    • 製品の成分や配合、危険性・有害性に関する新たな知見など、SDSの記載事項に変更が生じた場合は、遅滞なくその変更内容を相手方に通知する必要があります。
  2. 相手方から請求があった場合
    • 相手方がSDSを紛失したり、作業現場に情報が行き渡っていなかったりなどの理由で、SDSの再交付(請求)があった場合は、それに応じる必要があります。

SDSの周知義務

化学物質を譲渡・提供された事業者(購入者)には、その化学物質を取り扱う労働者に対して、SDSに記載されている危険性・有害性や取扱い上の注意事項などの内容を周知する義務があります(労働安全衛生法第101条第2項、労働安全衛生規則第98条の2第2項)。

この周知義務を果たすための方法として、法律で以下の3つの方法のいずれかを講じることが定められています。

1. 掲示・備え付け

SDSの通知事項を記載した文書を、当該物質を取り扱う作業場の見やすい場所に常時掲示し、または備え付けること。

「備え付け」とは、バインダーなどに綴じて、作業場の誰でも手に取って見られるようにしておく方法を指します。これは、長年の実務で最も一般的に行われてきた周知方法です。

SDSの目的は、事故や緊急事態が発生した際に、その場で適切な応急措置や消火活動を行うための情報を提供することでもあります。そのため、化学物質が取り扱われている場所の近くに、迅速に確認できる紙媒体(バインダー)を備え付けておくことは、安全管理上も非常に望ましい対応と言えます。

2. 書面の交付

SDSの通知事項を記載した書面を労働者一人ひとりに書面を交付すること。

3. 電子媒体の利用

SDSの通知事項を電子媒体(CD-ROMなど)に記録し、その内容を労働者が常時確認できる機器(パソコン、タブレットなど)を作業場に設置すること。

今後の改正

SDSに関する労働安全衛生法の重要な改正があります。改正されたのは、2025年5月14日に公布された「労働安全衛生法及び作業環境測定法の一部を改正する法律」に含まれる内容です。

罰則の適用(SDS通知義務違反)の新設

これまで、SDSの交付義務(法第57条の2第1項)には直接的な罰則がありませんでしたが、今回の改正により、通知義務に違反した場合に罰則が適用されることになります。

  • 改正内容: SDSを交付しなかった場合、または虚偽のSDSを交付した場合などに、罰則(罰金)が科せられる規定が新設されました。
  • 新設の目的: 化学物質管理におけるリスクアセスメント(危険性・有害性の調査)を的確に実施するためには、サプライチェーン全体で正確なSDS情報を確実に伝達することが必須です。罰則を設けることで、SDS交付制度の履行を確保し、情報不足による労働災害を防ぐことを目的としています。
  • 施行時期: 罰則規定が追加される改正労働安全衛生法第119条については、公布の日(2025年5月14日)から起算して5年を超えない範囲内で政令で定める日に施行される予定です。具体的な施行日については、今後の政令で確定します。

SDS通知事項変更時の再通知の義務化

従来、SDSの記載内容(特に「人体に及ぼす作用」)を定期的に確認・見直す努力義務はありましたが、変更した際の再通知(改訂版の交付)は明確な義務とはされていませんでした。今回の改正で、これが義務化されました。

  • 改正内容: SDSの交付者(譲渡・提供者)が、通知事項(SDSの記載内容)を変更した場合は、速やかにその変更後の通知事項を、製品の受領者(購入者)へ再通知することが義務付けられました。
    • 再通知の対象: 概ね1年以内に化学物質を譲渡・提供した継続取引先が再通知の相手先となる見込みです。
  • 義務化の目的: 新しい有害性情報や、法規制の変更などによりSDSの内容が更新された際、受領側の事業者が最新の情報に基づき、リスクアセスメントや適切な管理措置を講じられるようにするためです。
  • 施行時期: この再通知の義務化は、2026年4月1日から施行される予定です。

対象物質の拡大

SDS(安全データシート)の交付義務およびラベル表示義務の対象物質は、段階的に大幅に拡大されます。これは、従来の対象物質に加えて、国によるGHS分類で危険性・有害性が確認されたすべての化学物質が順次追加されるためです。

1. 拡大される物質の範囲

これまでの労働安全衛生法(安衛法)では、政令で物質名が個別に指定された約674物質(改正前)のみがSDS交付義務の対象でした。

改正後は、この対象が約2,900物質まで拡大され、最終的には危険性・有害性が確認されたすべての物質が対象となる予定です。

項目改正前 (〜2024年3月)改正後 (最終目標)
対象物質数約674物質約2,900物質(順次追加中)
選定基準政令で個別に指定された物質国によるGHS分類で危険性・有害性が確認された全ての物質
規制対象「指定物質のみ管理」「全ての有害化学物質の自律的管理」

2. 段階的な施行スケジュール

対象物質は、すべての物質が一斉に追加されるのではなく、既にGHS分類が完了した物質から、施行日を分けて段階的に追加されています。

施行時期新たに追加される物質数(概算)備考
2024年4月1日234物質(令和3年度GHS分類分)発がん性、生殖毒性などが高い物質が優先的に追加されました。
2025年4月1日約700物質(令和4年度GHS分類分)
2026年4月1日約850物質(令和5年度GHS分類分)
2027年4月1日以降順次追加以降も新規に分類される物質が毎年追加される予定です。

このように、2024年から2026年にかけて特に大規模な追加が行われており、多くの事業所でSDSの作成・交付が必要な製品が急増しています。

対応

SDS通知義務違反の新設と再通知

SDS通知義務違反の新設と再通知についての改正により、SDSの作成・交付側の責任が大幅に強化されます。特に、2026年4月の施行に向けて、事業者は以下の体制を整える必要があります。

  • SDSの改訂(更新)サイクルを確立し、最新の情報がサプライヤーから確実に届く、また、カスタマーへ確実に伝わる仕組みを構築すること。
  • SDSの交付記録を正確に管理し、再通知が必要な取引先を特定できるようにすること。

対象物質の拡大

大幅な対象物質の拡大は、化学物質を取り扱うすべての事業者にとって大きな影響があります。

  1. 自社取扱物質の確認とSDS準備:現在取り扱っている製品に含まれる化学物質が、新しくSDS交付義務の対象となっていないかを迅速に確認する必要があります。対象となる場合は、施行日までにSDSの作成や改訂を完了し、取引先への交付準備を進めなければなりません。
  2. リスクアセスメントの義務化:SDSの交付義務対象物質の拡大に伴い、これらの物質すべてについて、職場でのリスクアセスメント(危険性・有害性の調査と評価)の実施が義務化されます(これも段階的に施行)。SDS情報に基づいて、ばく露防止措置を講じる体制を構築する必要があります。