Last Updated on 2025年9月27日 by 勝
「電子記録債権」と「電子記録債務」は、紙の手形や売掛債権が持つ課題を克服し、電子的に記録・管理される新しい金銭債権・債務です。通称「でんさい」と呼ばれ、手形廃止の動きに伴い、企業間決済の主要な手段として普及が進んでいます。
「でんさい」を利用する手続き
企業が電子記録債権(でんさい)を利用する際の具体的な手続きは、主に以下の2つのステップと、その後の取引ごとの記録手続きに分けられます。
事前準備 (でんさいネットの利用開始)
電子記録債権の利用には、まず電子債権記録機関(でんさいネット)の利用契約が必要です。
- 金融機関の選定と申込:
- 取引のある銀行などの金融機関(窓口金融機関)に相談し、でんさいネットの利用を申し込みます。
- この際、銀行所定の審査があります。
- 専用サービスの契約:
- インターネットバンキングや、でんさい専用のパソコンソフト(アクセスチャネル)の契約を行います。これにより、企業はオンライン上で債権・債務の記録手続きを行うことができるようになります。
このように、企業は一度利用契約をすれば、以後は紙を一切介さずに、オンライン上の手続き(記録請求)だけで債権・債務の管理と決済を完結できるようになります。
電子記録債権は、株式会社全銀電子債権ネットワーク(通称「でんさいネット」)という電子債権記録機関の記録原簿に、その発生や譲渡などの情報が電子的に記録されることで効力が発生します。
紙の手形との主な違いとメリット
電子記録債権は、紙の手形が抱えていた様々な問題点を解消し、企業に多くのメリットをもたらします。
項目 | 紙の手形 | 電子記録債権(でんさい) |
事務負担 | 発行、押印、交付、裏書、取立など全て手作業。 | Web上で手続きが完結。事務負担が大幅に軽減。 |
印紙税 | 課税対象(印紙税が必要)。 | 課税されない(印紙税が不要)。 |
リスク | 紛失・盗難・偽造・滅失のリスクがある。 | 記録原簿で管理されるため、紛失・盗難のリスクがない。 |
資金化 | 期日前に現金化(割引)する際、全額しかできない。 | 必要な金額だけ分割して譲渡・割引が可能。 |
決済 | 期日に銀行へ取立手続きが必要。 | 期日になると自動で口座に入金され、当日から資金利用可能。 |
債権譲渡 | 譲渡の事実を債務者に通知または確定日付ある証書で対抗する必要がある。 | 電子記録によって効力が生じるため、債務者への通知等は不要。 |
会計処理(仕訳)の基本
電子記録債権・債務の会計処理は、基本的に従来の手形債権に準じて行われます。主な仕訳は、「発生」と「決済(消滅)」の2つのフェーズで構成されます。
A. 発生時の仕訳(買掛金を電子記録債務に振り替える場合)
区分 | 借方(減少) | 貸方(増加) | 摘要 |
債務者(支払側) | 買掛金 XX | 電子記録債務 XX | 買掛金を電子記録債務として発生させた |
債権者(受取側) | 電子記録債権 XX | 売掛金 XX | 売掛金を電子記録債権として受け取った |
(通常、売上/仕入時に一度「売掛金/買掛金」を計上し、後から電子記録に振り替えます。)
B. 決済時(支払期日)の仕訳
支払期日になると、電子記録債務は自動的に口座から引き落とされ、電子記録債権の口座に入金されます。
区分 | 借方(減少) | 貸方(減少) | 摘要 |
債務者(支払側) | 電子記録債務 XX | 普通預金 XX | 支払期日となり電子記録債務が決済された |
債権者(受取側) | 普通預金 XX | 電子記録債権 XX | 支払期日となり電子記録債権が入金された |
C. 譲渡・割引時の仕訳(債権者側)
電子記録債権を期日前に現金化(従来の手形割引と同様)した場合、割引料相当額は費用となります。
区分 | 借方(増加/費用) | 貸方(減少) | 摘要 |
割引時 | 普通預金 XX | 電子記録債権 XX | 電子記録債権を銀行で割引した |
電子記録債権売却損 XX | 割引料を費用として計上 |
このように、電子記録債権・債務は、簿記上は手形と同様に扱いますが、手形とは区別して記載することが推奨されています。
「でんさい」利用の注意点
でんさい利用のネックは複数あります。特に重要な課題は以下の通りです。
取引先の協力・調整コスト (最も大きな課題)
「でんさい」を利用しない最大の理由として、「取引先が使用していない」ことが挙げられます。
- 双方利用の義務: でんさいは、自社だけが登録していても利用できません。取引先の協力が必要不可欠です。
- 調整の負担: 導入企業は、取引先に対してでんさいのメリットを説明し、導入を促す説得や調整のコストを負う必要があります。特に、IT化に不慣れな企業や、手形取引が少ない小規模企業、高齢の経営者などが相手の場合、協力が得られにくいことがあります。
- 支払手段の併用: 全ての取引先がすぐにでんさいに移行することは現実的ではないため、紙の手形、でんさい、振込など、複数の決済手段を併用する期間が生じ、かえって経理の管理が煩雑になる可能性があります。
導入・利用に関するコスト
紙の手形とは異なる種類のコストが発生します。
- 金融機関の審査と契約: でんさいの利用開始には、窓口となる金融機関への事前申込と審査が必要です。財務状況などによっては審査に通らない可能性があります。
- 手数料の発生: 紙の手形では印紙税が最大のコストでしたが、でんさいでも発生記録時や譲渡時などに所定の金融機関手数料(サービス基本料や取引ごとの手数料)が発生します。小規模な取引が多い企業の場合、この手数料コストの削減メリットが、導入・維持コストに見合わない場合があります。
- システム変更の手間: でんさいの勘定科目(電子記録債権・債務)に対応するため、会計システムや社内の作業フローを変更する手間とコストが発生します。
債権者側のリスクと資金調達の制限
受取側(債権者)にとっては、資金調達に関する課題もネックになります。
- 償還請求権(保証責任): でんさいを譲渡(裏書に相当)したり、割引したりした場合、支払企業が期日に不渡りを出すと、譲渡した側が銀行などに対して代わりに支払う責任(償還請求権)を負います。これは紙の手形と同じですが、企業にとっては保証責任を負うリスクです。
- 資金調達の制限: 財務状況や信用力が低い企業は、でんさいを譲渡・割引する際に、金融機関の審査に通りにくい、あるいは割引料が高くなるなどの制限を受ける可能性があります。
- 債務者の信用リスク: 債務者(でんさいを発生させた企業)が不渡りを出すと、手形と同じく取引停止処分に相当する措置がとられ、その信用リスクが関係企業に波及します。
これらの課題を乗り越えるため、企業は自社の取引状況や、主要な取引先がすでに「でんさい」を利用しているかどうかを事前に確認し、慎重に導入を検討する必要があります。