原則は両方必要
労働条件通知書はあくまでも使用者が労働者に労働条件を示したものであって、雇用されることについて合意したことを示すものではありません。雇用されることについて合意した文書が雇用契約書です。
「労働条件通知書」と「雇用契約書」は、記載内容が重複することが多いですが、目的と法的性質が全く異なる文書です。
両者の違いを以下の表にまとめました。
項目 | 労働条件通知書 | 雇用契約書 |
法的性質 | 通知・明示書 | 契約書 |
主たる目的 | 使用者が労働基準法に基づき、労働条件を一方的に通知すること。 | 使用者と労働者の双方が労働条件に合意したことを証明すること。 |
作成・交付の義務 | 【義務あり】 労働基準法第15条により、交付が義務付けられています。違反には罰則(30万円以下の罰金)があります。 | 【義務なし】 法律上の作成義務はありません(民法上、口頭でも契約は成立)。ただし、トラブル防止のために作成が強く推奨されます。 |
記載事項 | 法律で必須の記載事項(絶対的明示事項)が厳格に定められています。 | 法的な定めはありませんが、労働条件通知書の必須事項を網羅することが一般的です。 |
労働者の署名・押印 | 不要(使用者から一方的に交付する文書のため)。 | 必要(労使双方が合意した証拠とするため、署名・押印を求めるのが一般的)。 |
交付のタイミング | 労働契約の締結時(採用時)または有期契約の更新時。 | 労使双方で定めますが、一般的に入社前または入社時に締結します。 |
文書の保管 | 会社が控えを保管。 | 労使双方が原本または控えを保管。 |
実務上は、「労働条件通知書 兼 雇用契約書」として一つの書類にまとめることが一般的に行われています。
労働条件通知書と雇用契約を兼ねる方法
「労働条件通知書」と「雇用契約書」を兼ねる形式とする場合の、具体的な体裁と追加すべき項目の例を示します。
単に労働条件通知書を交付するだけでは、雇用契約書を兼ねることができません。重要なのは「労使双方の合意の証明」の部分です。
労働条件通知書 兼 雇用契約書(記載例)
1.書類のタイトルと冒頭文言
項目 | 記載例 |
タイトル | 労働条件通知書 兼 雇用契約書 |
冒頭文 | 貴殿に対し、下記の労働条件を通知するとともに、この内容で雇用契約を締結いたします。 |
交付年月日 | 令和〇年〇月〇日 |
労働者の氏名 | 〇〇 〇〇 殿 |
2.使用者の情報
項目 | 記載例 |
使用者の名称 | 〇〇株式会社 |
所在地 | 〇〇県〇〇市〇〇町 1-2-3 |
代表者名 | 代表取締役 〇〇 〇〇 |
3.労働条件の明示事項(法定の必須事項)
この部分は、厚生労働省の様式に準拠し、すべての絶対的明示事項(契約期間、就業場所・業務内容とその変更の範囲、始業・終業時刻、休憩、休日、賃金、退職・解雇など)を明確に記載します。
特に、以下の点は必ず明記してください。
- 就業場所及び従事すべき業務の変更の範囲(例:「会社の定める全ての事業所」「営業、総務、企画など、会社の定める全ての業務」)
- 賃金:基本給、諸手当、そして特に固定残業代(導入する場合)の時間数と金額、超過分の支払いを明確に区分して記載。
- 有期雇用の場合の追加事項:更新上限の有無と内容、無期転換申込機会、無期転換後の労働条件。
4.契約内容の合意と署名・押印欄(重要!)
これが、この書面を「雇用契約書」として機能させるための最も重要な部分です。書類の最終欄または最終ページに設けます。
項目 | 記載例 |
合意文言 | 上記の労働条件について確認し、内容を承諾のうえ、本書により雇用契約を締結します。 |
契約締結日 | 令和〇年〇月〇日 |
使用者(会社)側 | 〇〇株式会社 代表取締役 〇〇 太郎 |
労働者側 | 氏名: (自筆で署名) |
ポイント
- 合意の文言:労働条件の通知だけでなく、「この内容で契約を締結する」という意思表示を明確にします。
- 署名(と押印)欄:労働者側が自筆で署名することで、「合意の証拠」としての証拠能力が格段に高まります。法的には押印は必須ではありませんが、実務上は記名押印を求める企業も多いです。
- 2部作成:契約書として、使用者と労働者がそれぞれ原本を保管できるよう、必ず2部作成し、それぞれ署名(と押印)します。
この形式を採用することで、使用者側は「労働条件の明示義務(労働基準法)」と「雇用契約の合意証明」という2つの目的を1枚の書類で達成できます。