高年齢労働者の労働災害防止の努力義務について

安全衛生管理

高年齢労働者の労働災害を防止するため、事業者は、高齢者(60歳以上)の特性に配慮した作業環境の改善、作業の管理、健康管理の強化などの必要な措置を講ずることが努力義務となります。

施行時期と改正の主な内容

施行時期

この改正による高年齢労働者の労働災害防止の努力義務化は、令和8年(2026年)4月1日から施行される予定です。

努力義務の具体的な内容

事業者は、高年齢者の特性(身体機能の低下など)に配慮した労働災害の防止を図るため、以下の措置を講じるように努めなければならない、とされています。

  • 作業環境の改善
  • 作業の管理
  • その他の必要な措置

この努力義務に基づき、国(厚生労働省)は、高年齢労働者の安全と健康確保のための現行の「ガイドライン」を廃止し、法律に基づく「指針」として策定・公表する予定です。指針には、具体的に企業が取り組むべき事項が示されます。

企業が対応すべき具体的な対策

企業は、高年齢労働者が安全に働き続けられるよう、主に以下の観点から対策を検討・実施していく必要があります。

1. 安全衛生管理体制の整備とリスクアセスメントの実施

  • 経営トップによる方針表明と体制整備:高年齢労働者の安全衛生に関する方針を明確にし、実行するための体制を整える。
  • リスクアセスメント(危険源の特定等):職場における危険性・有害性を特定し、高年齢者の特性を考慮に入れたリスク評価を行い、その低減措置を講じる。

2. 職場環境・設備の改善

高年齢者の身体機能の低下(視力、聴力、平衡機能など)を補うような改善を行います。

  • 転倒・墜落防止
    • 階段、通路への手すりの設置。
    • 段差の解消や、解消できない箇所への注意喚起。
    • 滑りにくい床材の使用や、水濡れ対策の徹底。
  • 作業環境
    • 作業場所の照度(明るさ)の確保。
    • 聴覚保護のための対策。
  • 作業負荷の軽減
    • 重量物を取り扱う作業等における補助具(パワーアシストスーツなど)の導入。
    • 無理のない姿勢や動作で作業できるよう、作業台や設備の高さを調整する。

3. 健康と体力の状況に応じた対応

  • 体力の把握:高年齢労働者の健康状態や体力レベルを把握する(体力チェック、体力の把握方法に関する安全衛生教育の実施など)。
  • 配置・作業の見直し:体力の状況に応じて、配置転換や作業内容、作業方法、労働時間の見直しを行う。

4. 安全衛生教育の実施

  • 高年齢者に特化した教育:加齢に伴う心身機能の変化(注意力、判断力、反射速度の低下など)を自覚させ、労働災害防止の必要性を理解させるための教育を行う。
  • 作業内容に応じた教育:危険な作業や不慣れな作業を行う前の安全衛生教育を徹底する。

リスクアセスメント:一般的なオフィスの例

一般的なオフィス(事務作業が中心の職場)におけるリスクアセスメント(RA)は、製造現場などとは異なり、転倒VDT作業による健康障害高年齢労働者の心身機能の低下など、オフィス特有のリスクに焦点を当てて実施します。

リスクアセスメントは、以下の4つのステップで進めるのが一般的です。

  1. 危険性・有害性の特定(洗い出し)
  2. リスクの見積もり(評価)
  3. リスク低減措置の検討と実施
  4. 記録と見直し

以下に、オフィスにおける具体的なチェック項目(特定すべき危険源)と実施方法を解説します。

危険性・有害性の特定(チェック項目)

オフィス環境では、主に場所設備・器具作業の3つの観点から危険性・有害性を特定します。

1. 転倒・衝突リスク(主に場所・レイアウト)

転倒災害は、オフィスにおいても件数が多く、高年齢労働者にとっては特に重篤化しやすいリスクです。

危険源(場所)危険性・有害性チェック項目(例)
床・通路転倒、つまずき床に配線コードが放置・露出していないか?
通路に段ボールや私物、荷物が置かれていないか?
床が水や油で滑りやすくなっていないか?
階段転落手すりが設置され、確実に使える状態か?
階段の照明は十分な明るさか?
踏面に滑り止めが施されているか?
収納・整理転倒、物の落下キャビネットの引き出しが同時に複数開かない構造か?
棚やロッカーの上に、物が不安定に置かれていないか?
出入り口衝突通路・出入口の見通しは良いか?

2. 設備・器具によるリスク

危険源(設備)危険性・有害性チェック項目(例)
電気設備感電、火災たこ足配線になっていないか?
劣化したコードやプラグが使用されていないか?
高所作業墜落、物の落下脚立や踏み台は安定したものを使用しているか?
高所の物を取る際に、椅子やキャスター付きの台を使用していないか?
事務機器挟まれ、切創シュレッダーの安全装置は機能しているか?
カッターなどの刃物類は適切に管理されているか?

3. 健康障害リスク(主に作業・環境)

危険源(作業/環境)危険性・有害性チェック項目(例)
VDT作業眼精疲労、筋骨格系疾患(肩こり、腰痛)ディスプレイの位置や明るさは適切か?
椅子や机の高さは適切で、正しい姿勢で作業できるか?
VDT作業の休憩時間作業時間が適切に管理されているか?
温熱環境熱中症、体調不良室内温度、湿度、気流は適切か?
照明目の疲労執務面の照度は適切か(JIS規格:一般事務750ルクスなど)?
ディスプレイに外光や照明が映り込んでいないか?
精神的負荷ストレス、精神疾患業務量が著しく偏っていないか?
コミュニケーションが円滑に取れる環境か?

リスクの見積もり(評価)のやり方

特定した危険性・有害性について、労働災害が発生するリスクの大きさを評価します。

一般的には、「重篤度(災害の程度)」と「発生可能性の度合」の2つの要素を組み合わせて評価します。

評価項目評価の目安(例)
重篤度(災害の程度)1. 軽いケガ(手当のみ)
2. 休業災害(数日〜数週間)
3. 死亡または重度障害(長期・永久労働不能)
発生可能性A. ほとんど起こらない
B. ときどき起こる
C. 頻繁に起こる

例えば、「床に放置された配線コードによる転倒」の場合、

  • 重篤度: 2 (運が悪ければ骨折など休業災害に繋がり得る)
  • 発生可能性: C (日常的にコードの上を人が横切っている)

このように評価し、例えば重篤度と可能性を掛け算やマトリクスで組み合わせた結果、リスクレベル(優先度)を「高」「中」「低」などに分類します。リスクレベルが高いものから優先的に対策を検討します。

高年齢労働者への対応の追加

高年齢労働者(60歳以上)の努力義務が追加されることを踏まえ、上記のチェック項目に加え、以下の視点を特に重点的に評価してください。

  • 視力の低下:暗い通路、小さな文字、遠近感の把握
  • 平衡機能の低下:階段の昇降、濡れた床、狭い場所での方向転換
  • 反射速度の低下:急な衝突、扉の開閉、エレベーターの乗り降り

これらの特性を考慮し、「手すり設置」「照明増強」「視認性の向上(色のコントラストをつける)」といった対策を優先的に講じることが重要になります。

リスク低減措置の検討と実施

リスクレベルの高いものから順に、以下の優先順位(災害防止対策の優先順位)に基づき、低減措置を検討し、実施します。

  1. 除去・代替(本質的対策):危険源そのものを無くす (例: 無線LANを導入し配線コードを除去する)
  2. 工学的対策:安全装置の設置、隔離など (例: 配線カバーを設置し、物理的に隔離する)
  3. 管理的対策:作業手順書の作成、教育、表示など (例: 「通路に物を置かない」ルールを徹底し、注意喚起のポスターを貼る)
  4. 個人用保護具の使用:(オフィスでは少ないが、清掃作業などで手袋を使うなど)

記録と見直し

実施したリスクアセスメントの結果、検討した対策、実施後の残留リスクなどを記録し、全従業員に周知します。

また、職場環境や作業方法に変更があった際、あるいは一定期間(例:1年ごと)で必ず内容を見直し、改善を継続していきます。