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労働契約

賃金引き下げの注意点

Last Updated on 2025年7月14日 by

賃金を引き下げることは可能か?

結論から言えば、賃金引き下げは可能ではありますが、条件付きです。

賃金は労働条件の中でも中心的なものであり、これを変更するには、労働者の個別の同意、または就業規則の合理的変更、もしくは労働協約に基づく必要があります。

賃金引き下げは、労働者にとって明らかに不利益な変更であるため、慎重な手続きと十分な説明責任が求められます。

個別合意による変更

法的根拠:労働契約法第3条

労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。

労働者が、自由な意思で賃金の引き下げに同意した場合は、変更は有効です。ただし、次のような状況では、「自由な意思による合意」とはみなされません。

1.上司の威圧による強要
2.「同意しなければ解雇する」などの脅迫的言動
3.事実と異なる説明(たとえば「合意しなければ会社が倒産する」など)の虚偽や誇張

これらにより得られた同意は、無効とされる可能性があります。

適正な合意の取り方

有効な合意を得るには、以下のような方法が望ましいとされています。

1.密室での個別面談を避け、グループ説明会や部門単位の説明とする
2.資料を配布し、賃金引き下げの理由・幅・期間を明示する。
3.十分な考慮期間を与え、即答を求めない。
4.「自由な意思による同意」であることが分かるよう、説明内容や実施状況の記録を残す必要。

記録すべき事項の例

□日時、場所、出席者(説明者・対象者・同席者)
□説明内容(配布資料の内容や口頭での補足)
□質問・応答の要点
□書面同意を得た日付・署名

関連文書:賃金変更に関する同意書のサンプル

合意なしに強行した場合のリスク

合意を得ずに賃金を一方的に引き下げた場合、無効とされ、差額を遡って支払うよう命じられる可能性があります。

例えば、会社更生法適用下の企業が、管理職の賃金を20%引き下げたが、同意を得ず一方的に実施したため、裁判で敗訴した事例があるます。つまり、状況の緊急性があっても、同意なき不利益変更は原則として認められないと心得るべきです。

就業規則の変更による賃金引き下げ

労働契約法第9条

使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

労働契約法第10条の要件(就業規則変更の合理性)

就業規則の変更が労働契約に反映されるには、以下のような合理性の要件を満たす必要があります。

1.労働者の不利益の程度
2.労働条件変更の必要性
3.変更後の内容の相当性
4.労働組合等との交渉の状況
5.その他の関連事情

このような要件を満たしていない就業規則の変更は、たとえ手続きが形式的に整っていても無効とされる可能性があります。

就業規則による不利益変更については別記事で解説しています。

関連記事:就業規則改定による不利益変更

労働協約による変更

労働契約法第7条により、労働協約に定められた労働条件は、労働契約の内容となるとされています。

労働組合との間で締結された労働協約において、賃金引き下げが定められた場合、組合員には原則としてその内容が適用されます。ただし、労働協約は、労働組合が存在する場合に限られ、未組織の事業場ではこの手法は使えません。

関連記事:労働協約とは

まとめ

個別合意による賃金引き下げは、労働者の自由な意思に基づく同意 強要・脅迫・虚偽があると無効になります。

就業規則変更による賃金引き下げは、労働契約法第10条の「合理性の要件」 内容・手続き・交渉の状況などが重要です。

労働協約による賃金引き下げは、組合との協定が成立すれば組合員に適用されますが、未組織企業では不可です。

賃金引き下げは、法的にも心理的にもデリケートな対応を要する問題です。安易に「サインをもらえば大丈夫」と考えず、手続きと記録の透明性を重視しなければなりません。特に「説明責任」と「文書管理」が、後日の争いを防ぐ最大の防波堤になるでしょう。


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