本マニュアルについて
ハラスメント事案や懲戒処分事案は公正で綿密な調査が重要です。調査の信頼性を保つには、調査のプロセス極めて重要です。中規模な会社を想定し、調査の任にあたる者が参照できる「懲戒事案調査マニュアル」のひな形を示します。
このマニュアルは、主に懲戒事案を取り上げていますが、ハラスメント、情報漏洩、業務上の不正行為など、様々な事案に対応できるよう、汎用的な手順を定めたものです。
懲戒事案調査マニュアル(サンプル)
第1章 調査の基本原則
(目的)
本マニュアルは、懲戒事案に関する事実調査及び証拠収集を客観的かつ適正に行うための具体的な手順を定め、懲戒処分の公正性・相当性を確保することを目的とする。
(調査の基本姿勢)
調査担当者は、以下の基本姿勢を遵守しなければならない。
- 公平性・客観性: 事実をありのままに把握することに徹し、予断や私情を排して公平・客観的に調査を行う。
- 秘密保持: 調査で知り得た全ての情報(関係者の氏名、聴取内容等)について、厳に秘密を保持する。
- 不利益取扱いの禁止: 調査協力者に対し、いかなる不利益な取扱いも行わない。
- 人権尊重: 被処分対象者を含む関係者の人権を尊重し、威圧的・誘導的な尋問を行わない。
(調査チームの編成)
人事部長は、事案の内容に応じて、調査チーム(以下「チーム」という。)を編成する。
- チームは、人事部員を主な構成員とするが、事案の性質に応じて、法務、経理、情報システム部門の専門家、または外部の専門家(弁護士、社会保険労務士等)を含めることができる。
- 調査対象者と利害関係にある者、または感情的な対立がある者は、原則としてチームから除外する。
第2章 調査の具体的な手順
(ステップ1:初動対応と情報収集)
- 事案の認知と記録: 懲戒事由に該当する可能性のある事案を認知した時点で、日時、経緯、報告者、内容を速やかに書面または電子データで記録する(事案認知報告書)。
- 緊急措置の検討: 証拠隠滅の防止、二次被害の防止、業務への影響を最小限に抑えるため、必要に応じて以下の緊急措置を検討し、社長または権限者の承認を得て速やかに実施する。
- 自宅待機命令の検討
- 関係者との接触禁止命令
- 業務上のアクセス権限(PC、サーバー等)の一時停止または証拠保全
- 関係資料の保全
(ステップ2:調査計画の策定)
調査チームは、以下の事項を含む調査計画を策定する。
- 調査対象となる具体的な事実(「いつ」「どこで」「誰が」「何を」「どのように」行ったか)。
- 調査の範囲と期間。
- 必要となる証拠資料(電子メール、チャット履歴、PCログ、業務日報、会計伝票、防犯カメラ映像等)の特定。
- 事情聴取の対象者(申立人、被申立人、目撃者、関係部署の管理者等)の特定と順序。
- 役割分担(資料収集担当、聴取担当、記録担当等)。
(ステップ3:証拠資料の収集と保全)
- 資料収集: 調査計画に基づき、客観的な証拠資料を漏れなく収集する。
- 電子データ保全: PC、サーバー、スマートフォン等の電子データは、改ざんや削除を防止するため、証拠保全の原則に従って収集・複製する。可能であれば、情報システム部門または外部専門家によるフォレンジック調査を実施する。
- 文書保全: 契約書、帳簿、伝票、日報等の紙の文書は、原本を保全し、調査用としてコピーを取る。
(ステップ4:事情聴取の実施)
- 聴取順序: 原則として、客観的な事実を知る第三者や申立人から聴取し、最後に被処分対象者(被申立人)から聴取する。
- 聴取方法:
- 聴取は原則として二人体制(聴取者と記録者)で行う。
- 聴取開始時に、氏名、調査の目的、秘密保持義務、不利益取扱いの禁止を説明する。
- 聴取内容は、具体的かつ客観的な事実関係に焦点を当てる。誘導的な質問や決めつけるような発言は避ける。
- 聴取記録(供述書)を作成し、聴取終了後に被聴取者に内容を確認させ、署名または押印を求める(拒否された場合はその旨を記録する)。
- 被処分対象者への聴取: 懲戒処分を前提とした聴取であることを伝え、就業規則上の懲戒事由に該当する可能性のある事実について弁明の機会を与える。
(ステップ5:事実認定と報告)
- 事実認定: 収集した証拠資料と聴取結果を照合し、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度に事実を確定させる。単なる推測や憶測に基づいて事実を認定してはならない。
- 報告書の作成: 調査結果を以下の事項を含む調査報告書として取りまとめる。
- 調査体制、期間、方法
- 認定された事実(いつ、どこで、誰が、何を、どのように行ったか)
- 認定に至った証拠(聴取記録、資料番号等)
- 就業規則の懲戒事由への該当性に関する意見
(ステップ6:懲戒委員会への引継ぎ)
調査報告書は、人事部長を通じて懲戒委員会(または社長)に提出され、処分の決定のための資料とする。
【調査時のチェックリスト(例)】
確認事項 | 実施状況 | 備考 |
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初動 | ||
報告内容の正確な記録(日時、場所、行為者、内容) | 完了 | |
緊急措置の必要性検討(自宅待機、アクセス停止等) | 完了 | |
計画 | ||
調査対象事実と調査範囲の特定 | 完了 | |
証拠資料の特定とリストアップ | 完了 | |
事情聴取対象者の特定と順序決定 | 完了 | |
証拠収集 | ||
関連する電子データ(メール、ログ等)の保全 | 完了 | |
関連する紙文書の原本保全とコピー作成 | 完了 | |
事情聴取 | ||
聴取時の二人体制の確保 | 完了 | |
聴取開始時の目的、守秘義務等の説明 | 完了 | |
聴取記録(供述書)の作成と署名・押印の確認 | 完了 | |
報告 | ||
認定事実の客観性と証拠との整合性の確認 | 完了 | |
調査報告書の作成と提出 | 完了 |