労働時間を管理する者の職務とは?「客観的な記録があればよい」というものではない!

労働時間

「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」には、事業場内の労働時間を管理する者が、ガイドラインの趣旨を理解し、労働時間の適正な把握のために必要な措置が講じられるよう、適切に職務を遂行すること。とあります。タイムカードやPCログといった客観的な記録を導入していても、それが労働の実態と合致していない場合、会社は労働時間把握の不備として責任を負う可能性が極めて高い点に留意しなければなりません。

「労働時間を管理する者」に責任が生じる理由

「労働時間」の定義

労働基準法上の「労働時間」とは、単に会社にいる時間や記録上の時間ではなく、「使用者の指揮命令下に置かれている時間」を指します。

  • たとえ従業員が自宅で「持ち帰り残業」をしていたとしても、それが使用者の明示的または黙示的な指示により行われた業務であれば、それは労働時間となります。
  • この場合、記録されていないからといって、労働時間ではないことにはなりません。会社がその事実を知っていたか、または知ろうと努めるべきだったかが問われます。

「労働時間把握の適正化」の責務

「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」は、単に記録方法を指定しているだけでなく、「適正な把握」のために追加で講ずべき措置を求めています。

措置の内容説明
実態調査の実施客観的な記録(PCログや入退場記録)と、自己申告や他の情報源から把握した労働時間との間に著しい乖離がある場合、使用者は実態調査を実施し、所要の労働時間の補正を行う必要があります。
申告阻害措置の禁止「〇時間以上の残業は申告させない」「残業の上限時間を設けて、それを超える申告を認めない」など、労働者による適正な申告を阻害するような措置を講じてはならないとされています。

つまり、会社は「客観的な記録があればそれで終わり」ではなく、その記録が実態と乖離していないかを確認し、必要に応じて是正する努力を求められています。

法的責任

記録外の「隠れた労働」があったことが判明した場合、会社は以下の法的責任を問われることになります。

  • 割増賃金(残業代)の支払い義務違反(労働基準法第37条違反)
  • 労働時間の把握義務違反(労働安全衛生法第66条の8の3違反、およびガイドラインの趣旨)
  • 長時間労働が原因で労働者が健康被害を被った場合、安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われるリスクも生じます。

したがって、「持ち帰り残業」などによって客観的な記録が実態と合わなかったとしても、会社は未払賃金の支払い義務や、労働基準監督署による指導・是正勧告の対象となる責任を負います。

会社としては、単に記録を取るだけでなく、「持ち帰り」や「サービス残業」が発生しないよう業務量や体制を見直し、「労働時間を管理する者」への教育を徹底することが求められます。

「労働時間を管理する者」とは

「労働時間を管理する者」は、基本的には労働者の直属の「上司」や「管理監督者」、あるいは人事・労務管理部門の担当者を指します。

  • 最も重要なのは、その労働者の実際の労働状況を把握し、指示命令を行う権限と責任を持つ者です。
  • 多くの場合、部署の課長や部長、チームリーダーなどがこれに該当します。
  • ただし、会社によっては、全社的な管理は人事部長や総務部長が担う場合もあります。

この者が、ガイドラインの趣旨に従い適切に職務を遂行するために講ずべき「必要な措置」は、主に以下の3つの具体的な役割に集約されます。

管理者が講ずべき具体的な「必要な措置」

「必要な措置」とは、労働時間の記録が実態と乖離しないように確保し、長時間労働を未然に防ぐための、日々の行動と判断のことです。

労働時間記録の適正性の確保

管理者として、記録された時間と実際の労働実態が一致しているかを確認し、乖離があれば是正する措置です。

  • PCログや入退場記録と突き合わせる:タイムカードの記録だけでなく、PCの使用時間やオフィスの入退場記録など、他の客観的記録と比較し、乖離がないか日々チェックします。
  • 「持ち帰り」や「隠れた残業」の有無を確認する:労働者に申告漏れがないか確認し、業務量が過多でないかヒアリングします。
  • 不適切な申告を指示しない:「残業するな」という指示が、結果的に「サービス残業」や「持ち帰り残業」を黙認・助長することになっていないか監視し、必要に応じて是正します。

労働時間削減・抑制の指示

健康確保の観点から、長時間労働が発生しないよう、事前に業務を調整し、指示する措置です。

  • 所定外労働の事前許可制の徹底:残業や休日労働を行う場合は、必ず事前に上司の承認を得る仕組みを徹底します。
  • 業務の再配分・効率化の指示:特定の労働者に業務が集中し、長時間労働の原因となっていないか確認し、必要に応じて業務を他のメンバーに振り分けたり、効率的な進め方を指導したりします。
  • 時間になったら退社を促す:終業時刻が近づいたら、積極的に退社を促す声かけや、強制的なPCシャットダウンなどの措置を講じます。

問題発生時の報告と対応

労働時間の適正な把握に関する問題や長時間労働の兆候があった場合に、適切に対応する措置です。

  • 健康状態の把握と連携:長時間労働が続いている労働者について、産業医や衛生管理者と連携を取り、健康状態の確認や面接指導の勧奨などを行います。
  • 上層部への報告:恒常的に残業が多く、部署内での解決が困難な場合は、人事部門や経営層に速やかに報告し、人員増強や業務プロセスの抜本的な見直しを提言します。

要するに、労働時間を管理する者(上司)には、単にハンコを押すだけでなく、労働者の健康と業務実態を考慮し、労働時間の適正化のために「行動する」責任が求められています。