はい、就業規則で服装、髪型、ヒゲ、ピアス、タトゥー(入れ墨)などを規制することは可能です。ただし、その規制が合理的で、業務遂行上の必要性に基づいていることが重要であり、単なる個人の趣味や嗜好を不当に制限するものであってはなりません。
規制の合理性と注意点
企業がこれらの事項を規制する際の主な考え方と注意点は以下の通りです。
業務上の必要性(合理性)
規制が認められるためには、以下のいずれかの業務上の正当な理由が必要です。
- 安全衛生の確保:
- 例: 機械に巻き込まれる可能性があるため、長髪の作業員に帽子やヘルメットの着用を義務付ける。
- 例: 食品を扱うため、衛生上の観点から過度な装飾品(ピアスなど)や長すぎる爪を禁止する。
- 企業の品位・イメージの保持:
- 例: 顧客と直接対面する職種(営業、サービス業など)において、会社のイメージを損なわないよう、清潔感のある服装や髪型、ヒゲの整容を求める。
- 服務規律の維持:
- 職場の秩序を維持し、業務に集中できる環境を作るため。
規制の程度(相当性)
規制の程度が、上記で述べた業務上の必要性とバランスが取れている必要があります。必要以上に厳しい規制は、「個人の自由の侵害」として無効とされる可能性があります。
- 職種による違い: 顧客と接しない部署(工場のライン作業員など)と、顧客と頻繁に接する部署(受付、営業など)とでは、規制の厳しさが異なって当然です。
- タトゥー(入れ墨)について:
- タトゥーは、特に日本の社会において特定のイメージを持たれやすいため、顧客や取引先の信頼に関わる職種では、原則禁止や露出禁止とする規制が合理的と認められやすい傾向にあります。ただし、見えない部分のタトゥーまで一律に禁止できるかというと、その必要性を慎重に検討する必要があります。
明確な規定
規制を設ける場合は、就業規則や服務規程に、どのような目的で、何を、どこまで規制するのかを具体的に、かつ明確に記載しておく必要があります。
規制ごとの容認されやすい範囲
服装
業務にふさわしい清潔感のある服装を義務付ける。
原則スーツ着用(営業・事務職)。制服がある場合はその着用を義務付ける。TPOに合わない服装(過度な露出、だらしない服装、派手な色柄)の禁止。作業服は指定のものを着用し、汚れや破損がない状態を保つこと。
髪型
清潔感を保ち、顔の表情がわかるようにする。
長髪は束ねる(安全面・衛生面も考慮)。過度に派手な髪色(極端な金髪、赤、青など)の禁止。極端な奇抜な髪型(極端なモヒカンなど)の禁止。髪が乱れた状態での勤務の禁止。
ヒゲ
原則禁止とするか、清潔に整えられた範囲に限定する。
原則禁止(特に顧客対応がある場合)。許容する場合でも、「手入れを怠った無精ヒゲ」は禁止し、「清潔に整えられたヒゲ」に限定する。
ピアス
原則禁止とするか、目立たないものに限定する。
原則禁止(特に安全・衛生面、顧客対応を考慮)。許容する場合でも、「目立たない」「一粒のもの」「仕事に支障のない」サイズとデザインに限定する。耳以外(鼻、口など)のピアスは原則禁止。
タトゥー(入れ墨)
原則禁止、または業務中に露出しないように義務付ける。
原則として就業中の露出を禁止し、長袖や制服などで完全に覆うことを義務付ける。顧客や取引先と接する職種では、タトゥーの有無が企業イメージを大きく損なうリスクがあるため、「職務遂行上の必要性」に基づき、より厳しい規制(入社時の確認、発覚時の処分対象)を設けることも、特にコンサバティブな業界では容認されやすい。
就業規則規定例
一般の会社(接客や安全管理の厳しい業種ではない、一般的なオフィスワークなどを想定)を想定して、従業員の自己決定権に配慮しつつ、企業の秩序を維持するための、就業規則規定案と運用上のポイントを示します。
従業員の服装・装飾等に関する規定(例)
就業規則の「服務規律」の章に、以下の項目を追加する。
(服装および身だしなみ)
第○条 従業員は、会社の社会的信用、企業イメージの保持および職場の秩序維持のため、勤務時間中は清潔で簡素な身だしなみを心がけ、次の各号に定める事項を遵守しなければならない。
- 勤務の状況や職種に応じた清潔感のある服装をし、職場の環境を乱さないこと。
- 異様または過度に華美なアクセサリー、装飾品を着用しないこと。
- 異様な髪型やひげなど、顧客や他の従業員に不快感や威圧感を与えるおそれのある身だしなみは慎むこと。
- 入れ墨(タトゥー)は、業務上必要な場合を除き、外部から確認できないように適切に隠すこと。
- 前各号の規定に関わらず、上長は、会社の信用維持、企業イメージの保持、その他業務の円滑な遂行のために必要があると認める場合は、従業員に対し、その身だしなみについて改善を指示することができる。
懲戒事由に関する規定
上記の注意・改善指示に従わない場合の懲戒根拠として、以下の規定を整備します。
(懲戒事由)
第○条 従業員が次のいずれかに該当するときは、情状に応じて譴責、減給、出勤停止または懲戒解雇とする。
- 正当な理由なく、服務規律に定める身だしなみに関する上長の改善指示に従わないとき。
運用上の重要ポイントと対処方法
規制の焦点
「異様さ」「華美さ」「不快感・威圧感」といった、客観的な業務上の支障に焦点を当てます。単に「気に入らない」という理由で規制しないことが重要です。
ピアスの対処
まずは上長から「異様なピアス」が職場の秩序を乱す、または企業の信用に影響する具体的な理由(例:顧客に威圧感を与える)を説明し、「就業規則の規定に従って外すか、目立たないものに替えるように」と改善を指示します。
タトゥーの対処
タトゥーは「あること自体」は規制しづらいため、「外部から確認できないように隠すこと」を明確に指示します。長袖や絆創膏、コンシーラーなどで完全に隠すことを義務付けます。
故意に隠そうとしない、または隠す指示を拒否した場合に、初めて「服務規律違反」として懲戒処分の対象となります。その際も、まず軽微な処分(例:譴責)から始め、段階的に処分を重くするのが適切です。
対象従業員への指導
事実の確認: まずは「なぜその装飾(ピアス、タトゥー)をしているのか」をヒアリングします。
改善指示の実施: 改定された(または既存の)服務規律に基づき、文書で具体的な改善内容(例:異様なピアスを外し、タトゥーを隠すこと)と期限を明示して指示します。
記録の保管: 指示内容、指導した日付、相手の反応をすべて記録に残しておきます。
ドレスコードの制定
就業規則の「服務規律」とは別に、詳細なルールとして「ドレスコードガイドライン」を別途作成し、就業規則でそのガイドラインの遵守を義務付ける方法もあります。



