2026年からの労働基準法改正(予定)は、2026年の通常国会で法案が提出され、2027年4月からの施行が有力視されており、現時点ではまだ確定していません。
この改正は、「40年に一度の大改正」とも言われています。現時点で検討されている主な改正の方向性や論点について、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会報告書」などを基に分かっていることをご紹介します。ただし、これらは議論の途中の段階であり、最終的な法案の内容とは異なる可能性があることにご注意ください。
多様な働き方の推進
事業場概念の検討
改正で最も注目されている論点の一つである「事業場」の概念については、当初、「場所的な概念」から「企業単位の概念」に見直される可能性が議論されましたが、現時点(議論の最終局面)では、現行の「場所的概念としての事業場単位」が維持される公算が極めて高いと報じられています。
検討されている主なポイントは以下の通りです。
1. 「企業単位」への変更は見送りの公算大
現行の労働基準法(労基法)は、法律の適用や監督権限(労働基準監督署による監督など)、就業規則の作成義務などを「事業場単位」で適用しています。これは、行政解釈において「一の事業であるか否かは場所的概念で決定すべき」と整理されているためです。
- 議論された変更案: テレワークや複数拠点での勤務が増える現代の働き方に対応するため、法の適用単位を「企業単位」に改めるべきという提案もありました。
- 現在の見込み: 労基法だけでなく、労働安全衛生法や最低賃金法など幅広い法令の適用に影響が出るため、場所的概念としての「事業場単位」を維持すべきとの意見が大勢を占め、「企業単位」への大転換は見送られる見込みです。
2. 運用面の柔軟化
「事業場」概念自体は維持するものの、テレワークなどの多様な働き方を制度面で支援するため、労働者が自宅やサテライトオフィスで働く場合、どの「事業場」に所属するか、労働契約締結時にどの「就業の場所」を明示するかについて、柔軟な運用を可能にするガイドラインの整備が検討されています。
副業・兼業時の労働時間通算ルールの検討
副業・兼業を行う労働者の労働時間通算ルールについて、割増賃金支払いの通算対応を不要とする方向で検討されています。ただし、健康確保のための労働時間管理は引き続き厳格に行われます。
賃金決済方法の柔軟化
2023年4月から労働者の同意がある場合に限り、厚生労働大臣が指定した「資金移動業者」の口座へのデジタルマネーでの支払いが可能になっています。
2026年改正に向けた議論では、この制度を「働き方の自由化」の柱の一つとして位置づけ、さらに促進するための環境整備が検討されています。
- 日払いや少額払いとの連携: アルバイトなどでの日払いや週払いといった少額・短期の賃金支払いについて、デジタル払いを活用することで、企業側の振込手数料や事務作業の軽減、労働者側の利便性向上につなげる方法が議論されています。
- 事務手続きの簡素化: 導入に必要な労使協定の締結や、労働者への説明・同意取得に関する事務手続きについて、企業の負担を軽減し、より導入しやすくするためのガイドラインの見直しや簡素化が検討されています。
- システムの整備促進: 企業が給与計算システムをデジタル払いに対応させるための支援策や、資金移動業者との連携をスムーズにするための環境整備が検討されています。
管理監督者等の健康確保
管理監督者は労働時間規制の対象外ですが、過重労働による健康障害を防ぐため、企業はすでに労働安全衛生法に基づき、客観的な方法で労働時間の状況を把握する義務があります。
改正議論の方向性は、この「労働時間の状況の把握」をより健康確保措置と連動させ、実質的な長時間労働の是正につなげることを重視しています。
労働時間法制の見直し
13日を超える連続勤務の禁止 / 法定休日の特定義務化
現行法では最長24連勤なども理論上可能ですが、労働者の健康確保のため、14日以上の連続勤務を禁止する方向で検討されています。これに伴い、休日の事前の明確な特定を義務化することも議論されています。
現行法の問題点
現行の労働基準法では、「毎週少なくとも1回の休日を与えなければならない」(週休制の原則)と定めていますが、どの曜日を「法定休日」とするかを事前に特定する義務はありませんでした。
企業が完全週休二日制(土日休み)の場合、「土曜日と日曜日」のどちらか、または両方を「法定休日」と特定する必要がありませんでした。
この「法定休日の非特定」が、以下の問題を引き起こしていました。
- 連続勤務の長期化:
- 週休制の解釈上、最大で12日間の連続勤務(例:第1週目の日曜日に休み、第2週目の土曜日に休み)が可能でした。
- さらに、特定の変形休日制(4週4休)を適用すると、最大24日間の連続勤務が理論上可能となり、過重労働につながるリスクがありました。
- 割増賃金のトラブル:
- 休日に労働させた場合、法定休日であれば35%以上の割増賃金、法定外休日(所定休日)であれば、週40時間を超えた場合に25%以上の割増賃金が必要です。
- 法定休日が特定されていないと、どちらの割増率を適用すべきかがあいまいになり、給与計算や労使間の認識でトラブルが生じやすくなっていました。
改正案で検討されている内容
改正案では、これらの問題に対応するため、労働基準法第35条(休日)について以下のように「原則」を厳格化する方向で議論が進んでいます。
法定休日の特定:
毎週少なくとも1回の休日を「あらかじめ特定」することを法律で義務化します。つまり、企業は就業規則等で「法定休日は日曜日とする」「法定休日は起算週の第1日目とする」などと、具体的な曜日や日をあらかじめ明確に定めることが義務付けられる見込みです。
連続勤務の上限:
原則として「13日を超える連続勤務」を禁止(法定休日を必ず含むことで実質的な連勤日数を規制)します。
特に影響を受ける企業
- シフト制の企業: 週によって労働日や休日が変動するため、法定休日の特定方法について、勤務形態に応じた柔軟なルール設計が求められます。
- 変形労働時間制の企業: 現行の「4週4休」特例を廃止し、「2週2休」に見直す方向で検討されており、連続勤務の管理がより厳格になります。
- 企業は、施行に備えて、就業規則の見直しや勤怠管理システムの整備などの準備を進める必要があります。
勤務間インターバル制度の義務化
終業時刻から翌日の始業時刻までの間に一定時間(原則11時間など)の休息時間を設ける勤務間インターバル制度について、努力義務から義務化へ移行し、インターバル時間についても具体的に定める方向で検討されています。
法定労働時間週44時間の特例措置の廃止
現在、10人未満の一定の事業場(商業、理容業、映画・演劇業、保健衛生業、接客娯楽業)に認められている法定労働時間週44時間の特例措置が廃止され、週40時間への一本化が見込まれています。これにより、事業場の規模や業種による労働時間の不均衡が是正されます。
労働時間の実態についての情報開示
労働時間の実態についての情報開示についても、改正に向けての重要な検討事項の一つです。現時点で議論されている主な内容は、以下の3つの側面から構成されています。
1. 開示の対象と目的
- 対象: 企業が雇用するすべての労働者の労働時間の実態、特に非正規雇用労働者、裁量労働制の対象者、そして長時間労働が問題視されている管理監督者などの労働時間の状況が主な焦点となります。
- 目的:
- 健康確保の強化: 労働時間の実態を客観的に把握し、長時間労働が常態化している部署や職種を特定し、健康確保措置を講じるための基礎データとする。
- 企業価値の向上: 労働環境の透明性を高め、働きやすい職場であることを対外的に示し、優秀な人材の獲得・定着につなげる。これは人的資本情報開示の流れと合致するものです。
- 法令遵守(コンプライアンス): 労働基準法や労働安全衛生法の遵守状況を行政が把握しやすくする。
2. 開示される情報の内容(検討中)
具体的にどのような情報を開示対象とするかは議論の途上ですが、主に以下の情報が想定されています。
- 全労働者の平均総実労働時間: 企業全体や部門ごとの平均的な労働時間の傾向。
- 年次有給休暇の取得率: 労働者が適切に休暇を取得できているかを示す指標。
- 長時間労働者の割合: 月の法定外労働時間が一定基準(例:80時間や100時間)を超過した労働者の割合や、その発生部署。
- (管理監督者について)労働時間の状況の把握: 実労働時間規制は適用されなくても、管理監督者の「労働時間の状況」(=実態)を客観的に把握し、それを基に健康確保措置を講じている事実を開示する。
人的資本経営とのつながり
この「労働時間の実態についての情報開示」は、2023年4月から大企業に義務化された「人的資本情報の開示」(例:有価証券報告書への記載)と密接に関連しています。
企業が「従業員を大切にしている」ことを示す具体的な証拠として、「適切な労働時間管理と健康確保」は最も重要な指標の一つです。法改正は、この流れを労働基準法の側面から後押しし、すべての企業に対して労働時間の透明性を求めるものと言えます。
フレックスタイム制の柔軟化
フレックスタイム制の柔軟化は、多様な働き方への対応、特にテレワークの普及や、労働者個人の裁量を高めることを目的として検討されています。
現時点で検討されている具体的な柔軟化の方向性は、主に以下の2点です。
1. コアタイムとは別の「コアデイ(必ず勤務すべき日)」の導入
現行のフレックスタイム制では、必ず勤務しなければならない時間帯として「コアタイム」を設定することができますが、このコアタイムの運用に関する見直しが検討されています。
- コアデイ(Core Day)の導入: コアタイムとは別に、「必ず勤務すべき日(コアデイ)」を労使協定で定めることを可能とする方向で検討されています。
- 例: 「毎週水曜日をコアデイとする」と定めれば、労働者はその日に出勤したり、重要な会議に参加したりすることが求められます。
- 目的: 労働時間の枠組みの中で、チームやプロジェクトの連携に必要な日を確保しつつ、その他の日の出勤時間については労働者の裁量を維持することを可能にします。
2. 精算期間(清算期間)の柔軟化の検討
フレックスタイム制は、あらかじめ定めた期間(精算期間)内の総労働時間を超えない範囲で、日々の労働時間を労働者が自由に決められる制度です。
- 現行制度: 2019年の法改正により、精算期間の上限は3か月に延長されました。
- 検討されている柔軟化: 3か月の精算期間では、季節的な業務の繁閑への対応が不十分な場合があるため、さらに精算期間の上限を延長する(例:6か月など)ことの是非が議論されています。
新たな権利「つながらない権利」の議論
「つながらない権利」の検討は、改正に向けての議論で特に注目されている、労働時間外の私的な時間を確保するための重要な論点です。
1. 「つながらない権利」とは
- 定義: 労働者が、労働時間外、休日、年次有給休暇中に、雇用主や同僚からの仕事に関する連絡(電話、メール、チャットなど)に対応しない権利を指します。
- 目的: 労働時間と私生活の境界線(ワーク・ライフ・バランス)を明確にし、労働時間外の心身の休息を確保することで、健康障害やストレスを防ぐことにあります。
- ルール化の内容例:
- 連絡の制限: 労働時間外に業務上の連絡を行う時間帯や手段を制限する。
- 緊急性の定義: 時間外の連絡が必要な場合の**「真に緊急性の高い事態」**を具体的に定義する。
- 応答の義務付けの禁止: 応答しなかったことを理由に、不利益な取り扱いをしないことを明記する。
- 対応時間=労働時間: 労働時間外に業務の連絡に対応せざるを得なかった場合、その対応時間は原則として「労働時間」と見なして適切に管理し、賃金を支払うことを徹底する方向が再確認されます。
- 記録の義務化: 企業に対し、労働者が時間外に業務連絡に対応した事実を記録し、サービス残業(不払い残業)の発生を防ぐよう促します。
2. 法規制ではなく「ガイドライン」による整備が中心
現時点で検討されている主な内容は、具体的な法規制の導入ではなく、まずはガイドラインや労使間のルール整備を促すという方向性です。
法改正の具体的な内容については、今後も労働政策審議会などで議論が進み、詳細が決定していきます。引き続き、厚生労働省などの公的な情報にご注目ください。

