Last Updated on 2025年10月4日 by 勝
自社が存続会社になる「吸収合併」について解説します。プロセスを理解し、特に重要な点に注意すれば初めての経験でもスムーズに進められます。
一般的に、吸収合併は「交渉・準備」「法的手続き」「統合」の3つの段階で進みます。
交渉・準備段階
この段階は、合併の土台作りであり、特に初期の秘密保持や情報交換、そして相手企業の実態把握が重要になります。
マッチングと交渉
- 目的の明確化: なぜ合併するのか(市場シェア拡大、コスト削減、技術獲得など)、目的を明確にします。
- 基本条件の合意: 合併のスケジュール、対価(存続会社の株式など)、合併比率(消滅会社の株式を存続会社の株式に交換する際の比率)など、基本的な条件を話し合います。
- 基本合意書の締結: 上記の基本条件について合意したら、まずは「基本合意書」を締結することが多いです。法的拘束力は弱いこともありますが、以降の交渉を円滑に進めるための重要なステップです。
デューデリジェンス(DD)の実施
- 相手企業の実態調査:御社が存続会社として相手(消滅会社)の権利義務を全て引き継ぐため、簿外債務(貸借対照表に載っていない将来の債務リスク、例えば未払いの残業代、訴訟リスクなど)や隠れたリスクがないか、法務、財務、税務などの観点から徹底的に調査します。
- リスクの把握: DDで判明したリスクは、合併の条件交渉(特に合併比率)に反映させるか、合併前に相手に解消してもらうよう求めます。
デューデリジェンス(DD)の依頼先
M&A(合併)のプロセスにおいて、どの専門家に何を依頼すべきかという点は非常に重要です。
DDは、合併対象会社の「実態把握」と「リスク洗い出し」という性質上、分野ごとに専門家を使い分けます。
調査分野 | 目的 | 主な依頼先 |
財務DD | 収益力、資産、負債(簿外債務含む)、会計処理の適正性などを調査し、企業価値を評価する。 | 公認会計士 または M&Aに強い税理士 |
法務DD | 契約書、許認可、訴訟リスク、株主構成、法令遵守、労務管理の適法性などを調査し、法的リスクを洗い出す。 | 弁護士 |
- 公認会計士: 財務諸表の監査や会計に精通しており、特に財務DDの専門家です。御社が存続会社として引き継ぐ「資産・負債」の健全性や、隠れた財務リスク(簿外債務など)の調査は公認会計士に依頼するのが最適です。
- 弁護士: 法律問題の専門家であり、法務DDを担当します。合併契約書の内容のチェックはもちろん、相手会社の未払い残業代や訴訟リスク、各種契約の法的有効性など、法的リスクの把握と評価に不可欠です。
合併を成功させるためには、これら専門家が密に連携し、全体を管理するM&Aアドバイザー(仲介会社やFA)を置くか、御社の経営層が主体となって専門家を統括することが重要です。
合併契約の締結
- 最終的な合併の条件、効力発生日、合併比率、役員の選任、従業員の処遇などを詳細に定めた合併契約書を締結します。
- 合併契約の締結にあたっては、御社・相手会社双方の取締役会での承認(取締役会設置会社の場合)が必要です。
合併契約書、議事録の依頼先
合併契約書や議事録のの作成・チェックは法的な交渉を含むため弁護士が中心となります。
業務 | 専門家の役割 | 依頼の推奨 |
合併契約書の作成・交渉 | 合併比率、表明保証、損害賠償条項など、合併の条件を法的観点から作成・交渉する。 | 弁護士 |
株主総会・取締役会の議事録作成 | 法的に有効な決議がなされたことを証明する議事録の法的な正確性を担保する。 | 弁護士 or 司法書士 |
法的手続き段階
合併は会社法で定められた厳格な手続きを経る必要があります。特に「株主への対応」と「債権者への対応」が重要です。
事前開示書類の備置
- 合併契約の内容などを記載した書面を、株主総会の2週間前から、合併の効力発生日後6か月まで、本店に備え置き、株主や債権者が閲覧できるようにします。
株主総会での承認
- 合併契約は、原則として御社・相手会社双方の株主総会で、特別決議(議決権の過半数を有する株主が出席し、その議決権の3分の2以上の賛成)による承認が必要です。
- 少数株主への対応: 合併に反対する株主は、会社に対して株式買取請求をする権利があります。これには適切に対応する必要があります。
債権者保護手続き
- 御社・相手会社は、合併する旨や異議申述期間などを官報で公告し、知れている債権者には個別に催告します(異議申述期間は1か月以上)。
- 債権者から異議があった場合、その債権者を害するおそれがない場合を除き、弁済、担保の提供、または信託のいずれかの対応が必要です。
効力発生と登記
- 合併契約で定めた効力発生日をもって、合併の効力が発生します。この日をもって、相手会社(消滅会社)の権利義務は御社(存続会社)にすべて承継され、相手会社は解散します。
- 効力発生日から2週間以内に、御社は変更登記(資本金などの変更)、相手会社は解散登記を法務局で行います。
合併の登記手続き
業務 | 専門家の役割 | 依頼の推奨 |
合併(変更・解散)登記 | 効力発生日後の法務局への登記申請を代理する。 | 司法書士 |
- 司法書士: 会社法に基づく登記手続きの専門家であり、法務局への申請代理は司法書士の主要業務です。合併後の御社(存続会社)の変更登記や、相手会社(消滅会社)の解散登記は、司法書士に依頼するのが最もスムーズです。
統合(PMI: Post Merger Integration)段階
合併の成否は、多くの場合この統合(PMI)にかかっていると言われます。組織文化、業務、システムなどを一つにまとめ上げる作業です。
組織・人事制度の統合
- 組織体制: 合併後の新しい組織図、部署の再編を決定します。
- 人事制度: 給与、評価、福利厚生など、御社と相手会社の人事制度を一本化します。御社と相手会社間で待遇に大きな差がある場合、特に従業員のモチベーションに配慮した設計が重要です。
業務・システムの統合
- 業務プロセス: 営業、生産、経理などの業務プロセスを統合し、効率化を図ります。
- ITシステム: 会計システム、顧客管理システム(CRM)などのITインフラを統合します。
企業文化の融合
- 御社と相手会社の企業文化や行動規範の違いを認識し、新しい共通のビジョンや価値観を共有することで、従業員の一体感を醸成します。
特に気をつけるべきこと(存続会社として)
御社が売上規模で相手の2倍であり、主導権を握る存続会社となる立場として、特に次の点に注意が必要です。
従業員への配慮とコミュニケーション
合併は人が主体となって動くものです。規模の小さい相手会社の従業員は、不安や不満を感じやすい傾向にあります。
- 丁寧な説明: 合併の目的、御社のビジョン、そして自分の処遇(雇用、給与、役職など)について、効力発生前からオープンかつ丁寧に説明し、不安を取り除きましょう。
- 対等な姿勢: 規模の大小に関わらず、相手会社のノウハウや人材を尊重し、「吸収した」という上から目線ではなく、「共に新しい会社を作る」というパートナーシップの意識が重要です。優秀な人材が流出するリスクを最小限に抑えます。
デューデリジェンスの徹底
先述の通り、相手会社の潜在的なリスク(特に簿外債務や訴訟リスク)を引き継ぐことになるため、専門家(弁護士、公認会計士など)を交えた徹底的なDDは必須です。後から予期せぬ大きな負担が発覚するのを防ぎます。
合併比率の公正な算定
合併比率は、消滅会社の株主が適正な対価を得るために非常に重要です。規模の差が大きいからこそ、公正な第三者の評価を踏まえ、透明性をもって算定する必要があります。合併比率が不公正だと、反対株主の株式買取請求や、後々のトラブルの原因になり得ます。
合併比率の決定
合併比率を最終的に決定するのは合併当事者である御社と相手会社の経営陣(取締役会)ですが、その算定作業は公認会計士やFAS(ファイナンシャル・アドバイザリー・サービス)の専門家に依頼するのが一般的です。弁護士は、合併比率の算定そのものは行いませんが、合併比率の決定プロセスが法的に問題ないかを確認する重要な役割を担います。
公認会計士やFASが算定した比率はあくまで「客観的な数値の根拠」です。
- 交渉と合意: 御社と相手会社は、この算定書を基に、戦略的な判断(将来のシナジー効果の見込みなど)も加味しながら、最終的な合併比率について交渉し、合意します。
- 取締役会・株主総会の承認: 合意した合併比率は、合併契約書に明記され、最終的に両社の取締役会での決議を経て、株主総会の特別決議で承認されます。
したがって、公認会計士と弁護士は、合併比率の算定(会計士)と適法性の担保(弁護士)という重要な役割を果たしますが、比率を最終的に決定し、契約を締結するのは合併当事者である御社と相手会社です。
合併は企業の大きな成長機会です。専門家(M&A仲介会社、弁護士、会計士)のサポートを受けながら、上記の段階と留意点を進めていくことをお勧めします。