Last Updated on 2025年10月5日 by 勝
パワハラは粗暴な言動だけではない
パワハラについての質問です。怒鳴る、舌打ちをする、だけでなく、バカにしたようなあきれた顔をするのもパワハラだと聞きました。部下を指導するときはどのようにすればよいのか、自信がなくなりますね。
確かに、「バカにしたようなあきれた顔をする」といった行為も、相手に精神的な苦痛を与え、業務上不必要かつ不相当な言動と判断されれば、パワハラ(精神的な攻撃)に該当する可能性があります。
パワハラの判断基準は、その言動が「業務上必要かつ相当な範囲を超えているか」どうかです。怒鳴る行為だけでなく、表情や態度も含まれるため、部下を指導する立場としては、より一層注意を払う必要があります。
パワハラにならない部下指導の3つのポイント
では、部下の成長を促しつつパワハラを避けるためには、どのような指導を心がければ良いのでしょうか。重要なのは「感情的にならないこと」と「人格を否定しないこと」、そして「具体的な改善につなげること」です。
1. 感情ではなく「事実」に焦点を当てる
指導の対象を「業務上の問題となる具体的な行動や内容」に限定します。感情的にならず、冷静に事実だけを伝えます。
- ✕ 悪い例:「なんでこんなこともできないんだ!まったくやる気がないのか!」(感情的で人格否定)
- 〇 良い例:「この資料の提出期限は昨日だったね。遅れるとプロジェクト全体に影響が出るから、期限を守れなかった理由と、次回からどうすれば守れるかを教えてくれる?」(具体的な問題の指摘と改善への問いかけ)
2. 人格ではなく「行動」を指導する
部下の人格や性格を否定するような言葉は、一切使わないように徹底します。「あなたはダメな人間だ」ではなく、「この行動は問題だ」という伝え方をします。
- ✕ 悪い例:「君は本当に要領が悪いね。何度言ったらわかるんだ。」(人格の否定)
- 〇 良い例:「この手順では効率が悪いから、次回からAのステップの後にBのステップを踏んでみて。そうすれば〇〇分短縮できるはずだよ。」(具体的な改善策の提示)
そして、指導の際は、上司と部下という立場に関係なく、対等な相手に対して話すような言葉遣いと態度を意識すると良いでしょう。
3. 「目的」を明確にして「建設的」な対話をする
指導の目的は、部下の行動を改善させ、成長を促すことです。叱るだけで終わらせず、必ず具体的な改善策と今後のフォローを示します。
- 指導の目的を伝える:「君の成長のためにあえて厳しいことを言うけど、この問題が解決すれば、君は次のステップに進めるはずだ。」
- 改善策を一緒に考える:「今回のミスを繰り返さないために、具体的な対策案をいくつか出してみて。一緒に実現可能か考えてみよう。」
- 伝わり方を確認する:指導後には「今話した内容は理解できたかな?」「何か不安な点はない?」などと確認し、指導した内容が正しく伝わっているかを確認することが重要です。
指導とパワハラの境界線は、「業務上必要かつ相当な範囲」にあるかどうかにかかっています。建設的な指導を通じて、部下の成長をサポートしていきましょう。
理屈では分かりますが実際には
例えば「この資料の提出期限は昨日だったね。遅れるとプロジェクト全体に影響が出るから、期限を守れなかった理由と、次回からどうすれば守れるかを教えてくれる?」と言えばよいということですが、実際にうまくいくことは少ないです。私がそのように言ったときは、具体的な返答がなくて、「すみません」としか答えが返ってきませんでした。数日後確認するとまだやっていませんでした。仕方がないので、上司である私が自分で作成しました。これでも、あきれた顔をすればパワハラと言われるのですか。
部下の「すみません」という返答と、その後の行動の改善が見られない状況は、指導する側として非常にもどかしいものだとお察しします。
ご質問のケースで、部下に対して「あきれた顔をする」ことがパワハラに当たるかどうかは、前後の状況や、顔つきの程度にもよると思われますが、基本的には、もっと適切な対応があると考えましょう。
適切な指導とパワハラの違い
パワハラに当たるかどうかの境界線は、その言動が「業務上必要かつ相当な範囲を超えているか」どうかです。
パワハラになりやすい言動
感情的になり、業務の範囲を超えて、人格や存在を否定するような言動はパワハラと判断される可能性が高いです。表情だけであっても人格や存在を否定する言動にあたることがあります。
パワハラのリスクが高い言動の例 | 理由 |
「君は何をやってもダメだ」「使えないな」 | 人格の否定、存在の攻撃 |
大声で怒鳴る、机を叩く | 精神的な攻撃(威圧)、身体的な攻撃 |
「あきれた顔」「舌打ち」などの威圧的な態度 | 精神的な苦痛を与える |
他の社員がいる前で、長時間、執拗に責め立てる | 精神的な攻撃、仲間外れ |
パワハラにならない「指導」
冷静に、業務上の問題解決と部下の成長を目的とした指導は、上司の責務として認められます。今回のケースのように、部下が改善の行動をとらない場合、指導を強化するのは当然必要です。
パワハラにならない適切な指導の例 | 目的とポイント |
事実を冷静に指摘する | 「前回、期限の遅延について話したけれど、改善が見られないね。業務に支障が出ているという事実を認識してほしい。」 |
改善行動を具体的に求める | 「ただ『すみません』だけでは、何が問題か分かっていないと判断せざるを得ない。具体的にいつまでに、何を、どうするのかを今ここで計画してもらいたい。」 |
業務命令として伝える | 「この資料作成は君の担当業務だ。私が代行するのは今回限りとするが、今後は業務命令として期限を厳守してもらいます。」 |
指導のステップとポイント
部下が「すみません」で終わらせてしまう場合、指導のステップをより具体的に進めることが重要です。
ステップ1: 「事実」と「影響」を冷静に伝える
- 感情を抑え、表情にも出さないように意識します。
- 「あなたが期限を守れなかったことで、最終的に私が残業して対応することになった。これはチームの生産性を下げ、業務を滞らせるという具体的な影響が出ている。」と、部下の行動がもたらした影響を具体的に伝えます。
ステップ2: 答えを引き出す「問いかけ」をする
「すみません」で終わらせないために、具体的に考えることを義務付ける質問を投げかけます。
- 「『すみません』は分かった。では、次回から守るために、具体的な対策を3つ、今考えて教えてくれる?」
- 「あなたにとって、この仕事の優先順位はどのくらいだった?計画の立て方に問題があったのか、スキルに問題があるのか、どちらだと思う?」
ステップ3: フォローアップと記録
- 改善計画を実行させるために、次の確認日時をその場で設定します。
- 一連の指導や、部下から出てきた改善策の内容を、業務日誌などに記録しておきます。これは、後に部下が「適切な指導ではなかった」と主張してきた場合の重要な客観的事実となります。
適切な指導は、上司の責務です。業務上の必要性に基づいて、冷静に、人格を否定せずに具体的な改善を促すという原則を守れば、恐れる必要はありません。
難しいですね、どう学んでいけばよいでしょうか?
「感情を抑え、表情にも出さないように意識します。」という対応は、私にはとても無理なような気がしますが、そうした冷静な対応力を身につけるには、どういう学びをすればよいのでしょうか。
適切な指導を続ける中で、「語調に出さず、表情に出さず」という冷静さを保つのは、非常に高度なスキルであり、難しく感じられるのは自然なことです。
学べばできるという簡単なものではないですが、学ぶことで近づくことはできます。いくつかのビジネススキルやトレーニングを紹介します。
冷静な対応を身につけるための学び
冷静な対応や感情のコントロール、効果的なコミュニケーションを身につけるための主な分野と学びは以下の通りです。
心理学・行動科学系
感情の仕組みや人間の認知・行動パターンを理解し、自己を客観視するのに役立ちます。
- アンガーマネジメント(Anger Management):怒りの感情を制御し、建設的な行動につなげるための心理トレーニングです。怒りを感じたときに、衝動的な行動(怒鳴る、嫌な顔をするなど)をとるまでの時間を稼ぎ、冷静な対応を選択するための具体的なテクニックを学びます。
- 認知行動療法(CBT: Cognitive Behavioral Therapy):感情を引き起こす「自分の考え方の癖(認知)」を客観的に見つめ、より現実的で柔軟な考え方に修正するアプローチです。「なぜこの人はこんな簡単なことができないんだ!」という非合理的な思い込みに気づき、指導中に沸き起こる感情をコントロールするのに役立ちます。
- 交流分析(TA: Transactional Analysis):人と人とのコミュニケーションパターンを分析する心理学です。指導の場で「上から目線の親(P: Parent)」にならず、「冷静な大人(A: Adult)」の視点で部下(子:C: Child)と対話する方法を学び、パワハラ的な言動を防ぐ土台となります。
コミュニケーション・指導法系
感情を抑えつつ、相手の行動変容を促すための実践的な対話スキルを習得します。
- コーチング(Coaching):上司が答えを与えるのではなく、部下自身に考えさせ、能力を引き出す対話の手法です。「どうすれば改善できる?」と問いかけ、部下の「すみません」で終わらせず、具体的な行動計画を引き出すスキルを養います。
- アサーティブネス(Assertiveness):相手の権利や気持ちを尊重しつつ、自分の意見や要求を率直かつ適切に表現するコミュニケーションスキルです。語気を荒らげずに、要求(期限を守ること)をはっきりと伝える技術が身につきます。
- フィードバックスキル(Feedback Skills):業務の評価や改善点を伝える技術です。「人格ではなく行動」に焦点を当てる建設的な伝え方(例:SBIモデルなど)を学び、部下が素直に受け止めやすい指導を実現します。
これらの学びは、研修、専門書、e-ラーニングなどで体系的に学ぶことができます。特にアンガーマネジメントやコーチングは、指導における冷静な対応を身につける上で、即効性の高いスキルと言えます。