電子申請を活用した退職手続きの流れを解説

退職・解雇

人事労務システムの導入や行政手続きの電子化により、退職手続きは劇的に効率化されています。現在の最も業務効率化が進んでいる会社での退職手続きの進み方を、人事担当者と退職する従業員の視点に分けてご説明します。

会社側の業務効率化された手続き

クラウド型の人事労務システム(例:SmartHR、マネーフォワードクラウドなど)を活用することで、多くの作業がシステム上で完結・自動化されます。

情報収集・退職届の電子化

  • 退職届・意思確認: 従業員がシステム上の電子フォームから退職の意思表示と必要事項を入力・申請。紙の書類のやり取りや押印が不要。
  • 情報連携: 退職届の申請と同時に、システムに登録されている従業員情報が最新の情報(氏名、住所、社会保険情報など)として自動で手続きに紐づけられます。
  • 進捗管理: 誰が・いつ・何をすべきかというワークフローがシステム上で可視化され、人事担当者は退職者ごとの進捗状況をリアルタイムで確認し、タスクの抜け漏れを防ぎます。

公的書類の作成と電子申請

  • 書類の自動作成: 従業員情報をもとに、システムが離職票、社会保険・雇用保険の資格喪失届、源泉徴収票などの公的書類の元データを自動で作成。
  • 行政への電子申請: 作成されたデータは、そのままシステムを通じてe-Gov(電子政府の総合窓口)などの行政窓口へ電子申請されます。これにより、ハローワークや年金事務所への紙の持参や郵送が不要になります。
  • 住民税手続き: 住民税の異動届などもシステム上で作成・電子提出されることが多く、市区町村への手続きも迅速化されます。

必要書類の発行・交付

  • 電子交付: 離職票や源泉徴収票、雇用保険被保険者証などの退職者に交付する書類も、従業員専用のマイページ(Web)やマイナポータルを通じて電子的に交付されるケースが増えています。
  • 郵送作業の削減: 印刷・封入・郵送という手間とコストが大幅に削減されます。

退職する従業員側のスムーズな手続き

従業員も、会社のシステムを通じて自宅や外出先から手続きを完了できるようになり、利便性が向上しています。

意思表示と情報提供

  • オンライン申請: 上司への口頭報告後、人事労務システムの専用マイページにログインし、退職日や引き継ぎ状況などを電子フォームに入力して申請します。
  • 必要情報の入力削減: 氏名や住所などの基本情報は既にシステムに登録されているため、変更点や退職後に必要な情報(例:離職票の郵送先住所)のみを入力すれば済みます。

書類の受領

  • 電子交付: 退職後に会社から受け取る源泉徴収票や離職票などの公的書類は、システム上のマイページやマイナポータルを通じて受け取ります。
  • 迅速な受領: 郵送のタイムラグがなく、会社側の手続きが完了次第、すぐに書類を確認できます。

返却物・貸与物の確認

  • チェックリスト: システム上で返却すべき備品(PC、社員証、健康保険証など)のリストが自動で提示され、漏れなく確認・返却できます。

まとめ

効率化のポイント以前(紙ベース)現在(業務効率化済みの会社)
退職届の提出紙に印刷・押印し、上司・人事に提出電子フォームに入力・システムで申請
書類の作成人事担当者が手書き・PC入力し、印刷システムが従業員情報から自動作成
行政手続き紙の書類を持参・郵送システムからe-Gov等で電子申請
従業員への交付印刷・封入・郵送マイページ・マイナポータルで電子交付
進捗管理Excelや紙で手動管理システム上でリアルタイム可視化

効率化された手続きは、「情報の入力は従業員がオンラインで一度だけ」「公的手続きは会社がシステムを通じて電子で完結」「書類の交付も電子」という流れで、会社・従業員双方の負担を大きく軽減しています。

離職票・源泉徴収票・雇用保険被保険者証についての補足

「離職票や源泉徴収票、雇用保険被保険者証などの退職者に交付する書類も、従業員専用のマイページ(Web)やマイナポータルを通じて電子的に交付されるケースが増えています。」と概括的に記載しましたが、詳しくは下記の通り、電子交付の状況は書類によって異なります。

現状、マイナポータルを通じた公的書類の交付については、以下のようになっています。

源泉徴収票(給与所得の源泉徴収票)

マイナポータルを通じて、直接「給与所得の源泉徴収票」のPDFファイルなどの書類データそのものを受け取ることはできません(2025年11月現在)。

ただし、電子化は大きく進んでおり、その情報は確定申告の際に活用されています。

  • 確定申告時の自動入力(マイナポータル連携)会社(給与の支払者)が税務署に源泉徴収票をe-Taxで提出している場合、従業員はマイナポータル連携を利用することで、確定申告書作成の際に源泉徴収票の情報を自動で取得し、入力できます。
  • 受け取り方法退職時の「給与所得の源泉徴収票」は、会社から電子データ(PDFやXMLファイル)や書面で交付を受けるのが一般的です。電子データでの交付は、会社が導入している人事労務システム等の従業員マイページを通じて行われることが多いです。

雇用保険被保険者証

書類そのものの電子交付は、現在のところマイナポータルでは行われていません。

しかし、マイナポータルから「雇用保険被保険者番号」を含むご自身の雇用保険の加入記録を確認することができます。

  • 確認できる情報マイナポータルにマイナンバーカードでログインし、「あなたの情報」の画面から、以下の情報を確認できます。
    • 雇用保険加入の事業所名
    • 資格取得日、資格喪失日
    • 被保険者番号
  • 利用メリットこの機能により、もし紙の「雇用保険被保険者証」を紛失していても、ハローワークでの手続きの際などに必要な「被保険者番号」を簡単に確認できるという大きなメリットがあります。

離職票(雇用保険被保険者離職票)

こちらは、マイナポータルでの受け取りが可能です。

  • 原則としてマイナポータルで離職票等を受け取れるようになっています。
  • 条件この電子交付を利用するためには、以下の条件が必要です。
    1. ご自身のマイナンバーがハローワークに登録されていること。
    2. ご自身のマイナンバーカードを所持し、マイナポータルを利用できる状態であること。
    3. 事業所(会社)が電子申請により雇用保険の離職手続きを行うこと。

したがって、現在の最も効率化された退職手続きにおいては、源泉徴収票は会社のシステムを通じて電子データで交付、離職票はマイナポータルで電子交付、雇用保険被保険者証はマイナポータルで番号を確認し、紙の書類は会社から交付される(または再発行)という状況です。

システム上での「退職届・意思確認」の流れ

退職届をパソコンに打ち込むなんて、紙ベースでの手続きに馴染んできた世代にとっては驚きの展開です。具体的にどのような流れで進むのか、システム上で完結する「退職届・意思確認」の具体的な流れを、ステップごとに詳しく解説します。

業務効率化が進んだ企業では、「紙の退職届の提出」は原則として廃止され、システム上の電子申請(ワークフロー)に置き換わっています。このプロセスは、従業員と会社(上長・人事)の間で情報が自動的に流れ、進行状況が可視化される「ワークフロー」として処理されます。

Step 1: 従業員による申請(意思表示)

  1. マイページへログイン:退職を希望する従業員は、会社の人事労務システム(クラウドサービスなど)の従業員マイページにログインします。
  2. 電子フォームの選択:メニューから「身上変更手続き」「退職申請」などの項目を選びます。
  3. 必要事項の入力:紙の退職届に記載していた内容を、システム上の電子フォームに入力します。
    • 退職希望日(システムが会社の就業規則に照らし、申請期限の目安などを表示することもあります)
    • 退職理由(選択式または自由記述)
    • 最終出社日
    • 退職後の連絡先(書類送付先など)
    • 意思確認(「私は本人の意思に基づき、上記内容で退職を申請します」などのチェックボックスにチェックを入れることが、従来の押印や署名の代わりになります。)
  4. デジタル提出:入力完了後、「申請」ボタンを押すことで、退職の意思表示がデジタルデータとして確定し、システム内に記録されます。

Step 2: システムによる自動連携とルーティング

  1. 自動通知:申請と同時に、システムは従業員の直属の上長に対し、「退職申請が届きました」という通知(メールやシステムアラート)を自動で送ります。
  2. 情報の自動連携:この時点で、システムは申請情報と、従業員が登録している基本情報(氏名、生年月日、社会保険番号など)を紐づけて、後の手続きに必要なデータとして準備を開始します。

Step 3: 上長による一次承認(レビュー・承認)

  1. 内容確認:上長はシステムにログインし、申請された退職希望日や後任への引継ぎ計画などの内容を確認します。
  2. デジタル承認:上長が問題ないと判断した場合、「承認」ボタンを押します。この操作が、退職の意思表示を組織として受領したことの記録となり、次の担当者(人事)へ自動的に情報が転送されます。
  3. 却下・差し戻し:もし退職希望日が就業規則に反しているなど問題がある場合は、「差し戻し」や「却下」を行い、コメントを付けて従業員へ通知することもできます。

Step 4: 人事担当者による最終承認(受理と事務手続き開始)

  1. 人事側の受理:上長の承認後、人事担当者に通知が届きます。人事は申請内容(特に労務的な観点)を確認し、最終的な「受理」(または「承認」)を行います。
  2. 各種手続きの開始:この最終承認によって、システムは退職に必要なタスク(例:社会保険の資格喪失手続き、源泉徴収票の発行、貸与品回収リストの作成など)を自動的に生成し、人事担当者のTo Doリストに追加します。

紙ベースとの違い

項目紙ベースの「退職届」システム上の「電子申請」
書類の法的根拠物理的な書面、署名、押印システム上のデジタル記録、タイムスタンプ
紛失リスク物理的な紛失、保管場所の移動サーバー上で確実なバックアップ・保存
フロー管理手渡し、部署間を人が移動、進捗は口頭確認自動ルーティング、進捗状況は全員が可視化
後続業務人事が紙を見ながら手動でデータ入力申請データが自動で手続きに連携

このように、システム上の申請は単なる「メールのやり取り」ではなく、法令に準拠した正式な意思表示の記録として機能し、その後の人事の事務処理を自動的に連動させるトリガーとなるため、最も効率的な手続きと言えるのです。

これは、日本の法律上、退職の意思表示は「書面」でなくとも有効であることと、企業が導入する人事労務システムが「電子帳簿保存法」などの要件を満たし、確実な記録として保存できるようになったことが背景にあります。

時代に合わせて就業規則を変更しなければならない

退職手続きを電子化されたシステムに移行する場合、就業規則の「自己都合による退職」に関する規定は、実態に合わせてデジタル前提の文言に変更(改定)することが必要です。

規定の変更例

従来の規定:

自己都合により退職する従業員は、退職日の〇日前までに、退職願を文書で提出し、会社の承認を得なければならない。

システム移行後の規定例:

自己都合により退職する従業員は、退職日の〇日前までに、会社指定の人事労務システム(電子申請)を通じて退職の意思表示を行い、会社の承認を得なければならない。やむを得ない事由により電子申請ができない場合は、別途会社が指定する方法による

変更のポイント

1. 「文書で提出」のデジタル化

「文書で提出」を「会社指定の人事労務システム(電子申請)を通じて退職の意思表示を行い」といった、デジタル手続きを明確に示す文言に変更します。これにより、紙の書類のやり取りが不要になり、システム上の記録が正式な意思表示として認められます。

2. 「退職願」の名称変更(推奨)

「退職願」は紙の書類をイメージさせやすいため、電子申請の場合は「退職申請」や「退職届の電子申請」といった、デジタルでの行為を示す名称に変更することも推奨されます。

3. 「申請期限」の維持

民法では期間の定めのない雇用の場合、解約(退職)の申入れから2週間で効力が発生すると定められています(民法627条1項)。就業規則で「〇日前」と定める場合は、その期間が合理的であることが必要です。電子化してもこの期間(〇日前)の規定自体は維持します。

4. 「承認を得なければならない」の維持

民法上は退職の意思表示から一定期間経過で退職が成立しますが、企業秩序の維持や円滑な引継ぎのため、就業規則で「会社の承認」を規定し、上長や人事によるシステム上の承認フローを経ることは重要です。この部分は文言を維持するか、「システム上の所定の承認フローを完了させ」などと追記すると、電子化された実態に即します。

5. システム利用ができない場合の規定

予期せぬシステム障害や、従業員が病気などでシステム操作が困難な状況を想定し、「やむを得ない事由により電子申請ができない場合は、別途会社が指定する方法による」といった、紙や口頭での申請の代替手段に関する規定も設けておくことが望ましいです。

不正アクセスでいつの間にか退職してしまうことはないの?

システム化が進むほどセキュリティ対策は重要になります。しかし、結論から言うと、業務効率化が進んでいる会社のシステムでは、不正ログインによる「いつの間にか退職」が発生する可能性は極めて低いように設計されています。

これは、電子申請が従来の「紙の提出」よりも厳格な多段階認証と承認フローを持つためです。

不正ログインの防止(最初の認証)

最も基本的な対策ですが、システムへのログイン段階で不正を感知・防止します。

  • 多要素認証(MFA)の必須化: ID・パスワードだけでなく、スマートフォンへのワンタイムパスワードや生体認証(指紋・顔)など、2つ以上の要素を組み合わせた認証を必須としています。仮にパスワードが漏洩しても、他要素がなければログインできません。
  • IPアドレス制限・アクセス監視: 登録されていない場所や異常な時間帯からのアクセスを検知し、ブロックまたはアラートを出す仕組みがあります。

退職申請の段階(意思の確認)

不正ログインを突破してシステム内で退職申請が行われたとしても、その申請が「本人による真の意思」であることを確認する仕組みが働きます。

  • 署名用電子証明書(e-Signature)の利用: 非常に厳格なシステムでは、申請時にマイナンバーカードなどに搭載された署名用電子証明書を利用して電子署名を行うことを要求する場合があります。これは物理的な押印と同等以上の法的効力を持ち、本人でなければ不可能です。
  • 通知機能(アラート): 退職申請が行われた直後、従業員本人の登録メールアドレスやスマートフォンに「退職申請を受け付けました」という通知が自動で届きます。従業員が身に覚えのない通知を受け取った場合、この時点で不正を感知し、人事や情報システム部門に連絡できます。

承認ワークフローの段階(多段階チェック)

不正に申請が行われた場合でも、人事担当者がそれに気づく機会が複数設けられています。

  • 上長による承認: 退職申請は必ず直属の上司にルーティングされます。上司は普段の勤務状況やコミュニケーションから、その申請が不審ではないか(不正ななりすましではないか)を判断できます。これは人間による重要なチェックポイントです。
  • 人事部門による最終承認: 上長承認後、人事部門が内容を確認し、最終的に「受理」します。通常、人事部門はこの最終承認の前に、申請者本人との最終意思確認(面談や電話)を義務付けていることが多いため、不正な申請をここで最終的に阻止できます。

結論

不正ログインで他人の退職申請を勝手に行えたとしても、多要素認証、電子署名、本人への自動通知、そして上長と人事による多段階の承認という複数の防護壁があるため、不正が発覚しないまま手続きが完了する可能性は極めて低いです。

業務効率化が進んだシステムは、従来の紙ベースの手続きよりも、むしろ「誰が」「いつ」「何を」したかという記録(ログ)が正確に残るため、セキュリティと証拠保全の面で優れていると言えます。