年次有給休暇を利用した長期休暇の問題

労働時間

Last Updated on 2025年9月30日 by

長期休暇の問題について

年次有給休暇をためて、毎年、年に一度20日間の長期休暇をとる者がいます。当人は趣味のスキーに行くのですが、ちょうど会社の繁忙期と重なるので、周りは迷惑しています。労働者の権利なのでやむを得ないとは思いますが、こういう問題どう扱えばよいでしょうか。また、会社がとれる対策はあるのでしょうか、教えてください。

この問題の捉え方

年次有給休暇(年休)の長期取得が会社の繁忙期と重なり、周囲が迷惑しているという状況は、多くの企業で起こりうるデリケートな問題です。

この問題は、「労働者の権利」と「会社の事業運営」のバランスをどう取るかという視点で捉えることが重要です。

1. 労働者の権利としての年次有給休暇

年次有給休暇は、労働者に与えられた重要な権利です。労働基準法により、労働者は原則として希望する時季に年休を取得できます。取得目的(今回の場合はスキーなど)は問われず、会社はそれを理由に拒否することはできません。

また、年休の繰り越し(2年まで)により、まとめて40日の長期休暇を取得することも法的には可能です。社員が年休をためて長期休暇を取ること自体は、権利の行使であり、尊重されるべき点です。

2. 会社の事業運営と「時季変更権」

一方で、会社には事業を正常に運営する責任があります。労働基準法では、労働者が請求した時季に年休を与えることが「事業の正常な運営を妨げる場合」に限り、会社は他の時季に変更するよう求める権利(時季変更権)が認められています。

今回のケースで時季変更権を行使できるかどうかの判断は、慎重に行う必要があります。

  • 単なる「業務多忙」では認められにくい: 会社が通常行うべき人員配置や業務調整などの努力をしても、なお「事業の正常な運営に重大な支障をきたす」と客観的に判断される場合にのみ認められます。
  • 長期の連続取得は考慮要素になり得る: 長期休暇の場合、代替要員の確保が困難であるなどの理由から、時季変更権の行使が認められやすくなる傾向はあります。しかし、すべての日程の変更ではなく、分割取得を促すなど、労働者の意向も尊重した調整が求められます。
  • 周囲の迷惑だけでは不十分: 周囲が「迷惑している」という感情論だけではなく、具体的な業務の停滞、顧客への重大な影響など、客観的な「事業の正常な運営の妨げ」があるかどうかが判断基準となります。

3. 周囲の従業員の心情

長期休暇取得者がいることで、繁忙期に業務負担が増す周囲の従業員が不満を感じるのは当然の心情です。これは、労働者間の公平性やチームワークに影響を与えるため、会社として軽視できない問題です。

要するに、 会社は労働者の権利を尊重しつつ、具体的な業務への支障を根拠に、時季変更権の行使や、後述する制度やルールの整備を通じて、問題の解決を図る必要があります。

会社がとれる対策

会社は、法的な権利(時季変更権)の検討と同時に、恒常的な問題を解決するための対策を講じることが重要です。

1. 制度・規定面での対策

A. 年次有給休暇の計画的付与制度の活用

年休の付与日数のうち、5日を超える部分については、労使協定を結ぶことで、会社側が取得日を計画的に割り振ることができます。

  • 活用方法: 繁忙期を避けた期間に、全社または部署・グループごとに一斉に休暇日を設ける、あるいは個人別に取得日を指定するなどして、年休をまとめて消化してもらう仕組みを導入します。これにより、年休の残日数を計画的に減らし、突発的な長期取得による繁忙期の集中を若干ですが避ける効果が期待できます。

B. 就業規則等での取得手続きの明確化

年休の申請期限や、長期休暇を取得する場合の事前調整に関するルールを就業規則などで明確に定めます。

  • 例: 「長期の年次有給休暇(〇日以上)を取得する場合は、業務の引継ぎ期間を確保するため、〇日前までに申請すること」と定めるなど。

注:長期休暇について、調整が必要な期間があることを是認する裁判例がありますが、実際にこのような規定に改める際は、社会保険労務士等のアドバイスを得てからにしましょう。

2. 現場・運用の改善対策

C. 業務の平準化と多能工化(マルチタスク化)

特定の個人の長期休暇が事業の正常な運営を妨げる大きな理由の一つは、その人にしかできない業務があることです。

  • 対策: 業務マニュアルの整備、ジョブローテーションの実施、日頃からの情報共有の徹底により、誰かが休んでも他の人が代替できるような体制(属人化の解消)を作ることが根本的な解決策になります。

D. 長期休暇の取得に関する事前調整と話し合い

年休申請があった際、特に長期の場合や繁忙期と重なる場合は、上司が労働者と早めに、かつ丁寧に話し合う機会を設けることが重要です。

  • 話し合いのポイント:
    • 労働者の意向を尊重する姿勢を示す。
    • 「事業の正常な運営に支障がある具体的な理由」を説明する。
    • 代替案(時季をずらす、期間を分割するなど)を提示し、労働者が納得できる落としどころを探る。

今回のケースでは、時季変更権の行使を検討すると同時に、「計画的付与制度の活用」や「業務の属人化解消」を進めることが、労働者の権利を尊重しつつ、会社の事業運営と周囲の従業員の負担軽減を図るための効果的な対策となります。

ところで、欧米では?

ところで、欧米では年に一度の長期休暇は当たり前という声も聞きましたが、本当でしょうか。本当であれば、どのように仕事との調整をしているのでしょうか。

欧米では年に一度の長期休暇が当たり前、という状況は、特にヨーロッパ諸国においては概ね事実です。しかし、ヨーロッパとアメリカでは事情が大きく異なります。

1. 欧米の長期休暇の状況

【ヨーロッパ諸国】(フランス、ドイツ、北欧諸国など)

  • 長期休暇は「当たり前の権利」: 多くの国で、法律により最低でも年間4週間(20日〜30日程度)の有給休暇が保障されており、その取得率は非常に高いです(ドイツやフランスではほぼ100%)。
  • 文化としてのバカンス: 特にフランスやドイツなどでは、夏に2週間から1ヶ月程度の連続した休暇(バカンス)を取得することが社会的な慣習として根付いています。「休むことは労働者の権利」という意識が強く、取得しない方がむしろ不自然と見なされることもあります。
  • 法的義務: フランスでは「法定期間内に一定日数(例:2週間)を連続して取得しなければならない」といった規定があります。

【アメリカ】

  • 法的な義務はない: アメリカには、日本やヨーロッパのような連邦法で定められた最低限の有給休暇制度がありません。有給休暇の日数は企業や勤続年数によって大きく異なり、付与日数も他の先進国と比べて少ない傾向があります。
  • 取得日数は少なめ: 取得率は比較的高いものの、付与日数が少ないため、日本と比べた年間休日総数(有給休暇取得日数+祝祭日)はそれほど大きく変わりません。
  • 長期休暇は可能だが文化は異なる: 夏季や感謝祭から年末年始にかけてまとめて休みを取る人は多いですが、「1ヶ月のバカンス」はヨーロッパほど一般的ではありません。仕事優先の文化や成果主義が根強く、「休みを取ることがキャリアに悪影響を与える」と考える人も一定数存在します。

2. 長期休暇を仕事と調整する方法

主にヨーロッパ諸国のような「長期休暇が当たり前」の文化を持つ国々では、その文化を支えるための仕組みが機能しています。

A. 徹底した計画と調整

  • 早期の休暇計画: 多くの企業では、半年以上前から部門内やチーム内で休暇予定を組み、カレンダーで共有します。
  • ローテーション: 特に夏(バカンスシーズン)には、社員が交代で長期休暇を取るための体制が整えられており、業務が完全に停止しないよう調整されます。

B. 業務の属人化の解消

  • 「誰がやってもできる」仕組み: 長期で休む人がいても業務が滞らないよう、業務の標準化、マニュアル化、情報共有が徹底されています。特定の個人にしかできない仕事(属人化)は、会社のリスクと見なされます。
  • クロス・トレーニング: 普段から同僚同士で互いの業務をカバーできるようトレーニングし、休暇中もスムーズに引き継ぎができる体制を構築しています。

C. 連絡をしない/させない文化

  • デジタルデトックスの徹底: 休暇中は仕事のメールや電話を一切確認しないことが一般的です。これは「休暇中の労働者の権利」として強く守られています。
  • 自動返信の活用: 休みの間は「○月○日まで休暇中です。緊急の場合を除き、その後に対応します」という自動返信を設定し、対応可能な同僚の連絡先を記載します。クライアントや取引先も、この時期は担当者が長期休暇を取ることを織り込み済みで、その期間は緊急でない限り待つことが社会的なルールになっています。

D. ワーク・ライフ・バランスの重視

  • リフレッシュの重要性の認識: 長期休暇は単なる休みではなく、「リフレッシュすることで、残りの11ヶ月の仕事の生産性を高めるために不可欠なもの」と捉えられています。
  • 労働者の権利の擁護: 労働組合や法制度が強力であり、企業側も労働者の権利を侵害することに対して非常に慎重です。

要するに、ヨーロッパで長期休暇が実現している背景には、「休むこと」を前提とした法制度、企業の計画的な運営、そして社会全体でその文化を尊重する意識があると言えます。