Last Updated on 2023年10月22日 by 勝
退職金とは
退職金とは退職する従業員に支給される金銭です。一時金で支給されるのが一般的ですが、年金方式による支給もあります。
法律で退職金を払わなければならないと決められているわけではありません。仮に退職金制度がなくても法的な問題はありません。
ただし、就業規則等で退職金を支払う制度を定めている場合は、その退職金は労働基準法11条に定める賃金として扱われるので、制度で定めた支給額は必ず支払わなければなりません。
また、就業規則に退職金についての定めがなくても、退職時に手当等を支払うことが慣例的に行われている場合は、労使慣行が成立していることになるので、支払義務があります。就業規則に書いていないからといって勝手にやめることはできません。
退職金の支給理由
法律で義務付けられていませんが、多くの会社では退職金を支給しています。
横並び意識
すでに多くの会社に退職金制度があることが、新たに創業される会社も退職金制度を作る動機になっています。福利厚生の一つとされているので、退職金制度が無い会社は待遇面で見劣りするという考え方です。
生活保障の意味合い
多くの従業員は定年退職をするときにはすでに老後にさしかかる年齢になっています。終身雇用という言葉があるように、同じ会社に長い間勤務してきた従業員に、定年後の生活を支える一時金を支給するのが会社の責務だという考え方です。
功労金という考え方
これまでの勤務における会社に対する貢献は、これまでに受け取った賃金の総額を上回っていると考えて、賃金で報いきれなかった分を退職時に支給するという考え方です。
賃金の後払い
若いうちは低めに設定された賃金で働き、退職のときに低かった分を清算するという考え方です。
退職抑制のねらい
長く勤務するほど退職金が増えるので、従業員に早期の退職を思いとどまらせ、長く勤務してもらえるという考え方です。特に、自己都合退職と定年退職で支給額に差をつけたり、勤続年数が一定年数を超えるまでは退職金額を低く抑えたりする金額設計はこの考え方に基づいています。
退職金制度のいろいろ
社内積立方式
多くの会社が採用している退職金制度は、基本給連動で退職金を計算し、その原資を預金などで積み立てておく方式です。
基本給連動とは、一般的には、退職時の基本給に勤続年数に応じた支給率を乗じた額を基準にして算出する方式です。
そして、この場合は、支払にあてる原資を銀行預金などで積み立てておかなければなりません。
原資は、今の時点で全従業員が退職したとして、全従業員に退職金規程通りの退職金を支払える額を準備するのが基本です。そうでないと、事業不振、天変地異で事業を閉鎖することになったときに支払い義務を果たせないからです。
大きな負担ですが、賃金ですから会社の義務です。ただし、現実には積立不足の会社が多いようです。
外部制度方式
退職金制度を自社で運営するのは大変なので、中小企業は外部制度を利用しているところが多いようです。
中小企業退職金共済制度
中小企業退職金共済制度は、事業主が独立行政法人勤労者退職金共済機構が運用する制度に加入し、拠出した掛金月額と掛金納付月数に応じて政令で定める額を退職金として支給します。
特定退職金共済
商工会議所がアクサ生命と提携している特定退職金共済です。各地の商工会議所のホームページに掲載されています。
企業型確定拠出年金
国が定めた確定拠出年金法による年金制度で、会社が毎月掛金を拠出し、従業員が年金資産を運用します。会社は従業員に対して毎月の掛金額を約束しますが最終的な受給額は約束しません。定年退職を迎える60歳以降に、積み立ててきた年金資産を退職一時金、もしくは年金の形式で受け取り、受取額は運用成果によって変わります。
確定給付企業年金
確定給付企業年金法による年金制度で、規約型と基金型の2種類があります。規約型の設立には300人以上の加入者が必要で、信託銀行や保険会社などに掛金を拠出し、年金資産を管理・運用し、年金を給付します。基金型に人数要件はなく、企業年金基金が年金資産を管理運用します。退職時の一時金としては受け取れず、年金給付になります。
規程を整備する
退職金を支給する会社は、その制度の内容を就業規則に定めなければなりません。
就業規則規程例:退職金の支給|就業規則
就業規則規程例:退職金の支払い|就業規則
就業規則規程例:退職金の額|就業規則
就業規則には「退職金については退職金規程による」などと簡潔に記載して、別途、退職金規程を定めるのが一般的です。制度の組み立てによってどのように規定するかが異なります。いくつかの例を示しました。
規程例:積立方式による退職金規程の例
退職金の事務手続き
通常の給料と同様に、「通貨払い」が原則です。給与を口座振込している会社では、口座への振り込みで支払うことができます。また、退職金に限り、郵便為替も認められています。
通常の給料と同様に、「直接払い」が原則です。特に、死亡退職のときは、就業規則等で定めた支払先に払わなければなりません。正当な受取人以外の人に支払ってしまうと、あとで問題になります。
通常の給料と同様に、「全額払い」が原則です。貸付金の差し引きなどを安易に行ってはいけません。
支払い日は就業規則の定めによります。法律上、通常の給与は、7日以内に払うことになっています。退職金の場合は、7日以内ということではなく就業規則に定めた日が期日になります。
退職金には所得税と住民税が課税されます。退職金を払う前に、従業員に「退職所得の受給に関する申告(退職所得申告)」の用紙を渡し、提出を受けなければなりません。退職金に対する所得税は一般の賃金等に対する所得税よりも優遇されています。また、退職金から社会保険料を控除する必要がありません。
関連記事:退職金に対する税金
通常の給与の時効は3年ですが、退職金の時効は5年です。行方不明になり支払先が分からない従業員の退職金は5年間預っておかなければなりません。
あらたに制度を設ける際の留意点
新たに退職金制度を設けなくても、給与水準や賞与を手厚くすることで、福利厚生面で見劣りしなければ、他がやっているからといって焦って退職金制度を導入する必要はありませんが、業界で退職金制度が当たり前になっている場合や従業員から強い希望がある場合は検討の必要があると思われます。
新たに退職金制度を設ける場合はその資金について充分に検討しなければなりません。
また、制度設計が重要です。目標とする退職金水準にはどのくらいの資金が必要なのか、勤続年数による支給額の推移はどうか、などなど、納得性の高い制度づくりは簡単ではありません。参考書を数冊買ってきて分かるような簡単なものでもありません。商工会議所や行政の相談機関を活用するなどして時間をかけても十分理解した上でスタートすることが必要です。
特に資金の検討は重要です。新規に設立した企業であれば、従業員の勤続年数はすべてゼロからスタートするので初期資金の問題は生じませんが、すでに一定の企業活動をしてきた企業が退職金制度をつくる場合には従業員の勤続年数があることを考慮しなけれなりません。
例えば、10年の社歴がある会社で当初から勤務している従業員が制度設立の翌年退職したときは、1年勤続ではなく11年勤続として退職金を支給するのが一般的だからです。資金の準備が必要です。また、社外の退職金制度に加入した場合には、積立していない期間をカバーする割増積立が必要になります。基本的には、すべての従業員が一斉に退職した場合でも間違いなく支給できる資金準備が必要だとされています。
退職金制度は一度導入すると長く運営しなければなりません。変更や廃止は簡単ではありません。制度の内容をよく理解したうえで、自社に合った退職金制度を導入することが大切です。助成金目当てに安易に導入して後悔することもあります。十分に検討してから行動に移りましょう。
これからの退職金制度
退職金制度は、いったん入社した従業員は定年まで継続して勤務することを前提としています。また、長く勤務するほど価値があるという考え方に基づいています。
近年は、経済が右肩上がりに成長する時代ではありません。また、昔は存在しなかった職種や勤務形態が現れ、転職に抵抗がなくなり勤続年数も短くなる傾向があります。入社から定年まで同じ会社で勤め上げるサラリーマンはむしろ少数派であろうと思われるほど大きく変化している時代です。その変化のなかで退職金制度も変化していかなければならないはずです。
なお、退職金は賃金の一つですから現在の制度をやめたり額を減額するのは簡単ではありません。
関連記事:就業規則改定による不利益変更
しかし、長期勤務を前提としない従業員や、途中入社で残りを全部勤務したとしても多くの退職金を望めない従業員は、従来の退職金制度には魅力を感じません。
また、経営環境の変化などで支払資金が不足している会社は、経営安定の観点からも早期の見直しが必要です。
自社の従業員構成や従業員の本音、会社の都合などを考慮して、そのままで行けるのならば問題ありませんが、ひずみを感じるようでしたら、どのような退職金制度がふさわしいか議論を始める必要があるでしょう。
懲戒処分と退職金
懲戒解雇の従業員に、特に金銭的に会社に損害を与えて退職する従業員に規定通りに退職金を支払うのは納得できないという声を聞くことがあります。
退職金の不支給または減額を実施するには、まず、就業規則に退職金を不支給または減額することがある旨の規定が必要です。
さらに、合理的で社会的にも相当な理由が必要です。合理的で社会的にも相当な理由があるかどうかは、必要性と労働者の被る不利益の双方を勘案して判断されます。判例では、「労働者の勤続の功を抹消してしまうほどの重大な不信行為があることが必要」だとしています。
要するに、相当に高いハードルです。また、外部に委託している場合、さらに減額や不支給が難しくなることがあります。また、外部委託の場合は、減額や不支給が決まっても、その金額が会社に入るのではなく、退職原資として引き続いて積み立てられることになります。
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