労働審判制度の仕組み

労働紛争対応

労働審判制度は、労働者と事業主の間に起きたトラブル(不当解雇、未払い残業代、ハラスメントなど)を、裁判所において「迅速、簡便、かつ柔軟に」解決するための制度です。通常の裁判(訴訟)が1年以上かかることも珍しくないのに対し、労働審判は平均して3ヶ月以内に決着がつくのが特徴の一つです。

労働審判制度の概要

労働審判は、裁判官1名(労働審判官)と、労働問題の専門知識を持つ民間人2名(労働審判員)の計3名で構成される「労働審判委員会」が審理を行います。

  • 迅速性: 原則として3回以内の期日(話し合いの場)で終了します。
  • 専門性: 現場の実情に詳しい労働審判員が加わるため、実務に即した解決が期待できます。
  • 柔軟性: 最初から判決を下すのではなく、まずは「話し合い(調停)」による円満解決を目指します。

労働審判で扱う事件と扱わない事件

労働審判は、「労働者個人」と「事業主(会社)」の間で起きた、労働契約や労働関係に関するトラブルを扱います。基本的には「会社に対して、自分自身の給料や地位、受けた被害について決着をつけたい」という内容であれば、ほとんどが対象になります。

労働審判で扱われる主なトラブル

基本的には「個別の労働者と会社との間の権利争い」が対象です。

  • 雇用の終了に関するもの(最も多いケース):
    • 不当解雇の撤回、雇い止めの無効主張。
  • お金に関するもの:
    • 未払い残業代の請求、給与の減額、退職金の未払い。
  • ハラスメント・損害賠償:
    • パワハラ・セクハラに対する慰謝料請求、労災(安全配慮義務違反)の賠償請求。
  • 人事処遇に関するもの:
    • 不当な配置転換(左遷など)や出向命令、懲戒処分の無効。

[統計データ]申立ての約半数が「解雇・雇止め」に関するもので、次に「残業代・賃金」に関する請求が続きます。近年ではパワハラ等の「損害賠償」を求めるケースも増えています。

労働審判では扱われない(対象外)ケース

労働関係のトラブルでも、以下のような場合は労働審判を申し立てることができません。

① 「個人」対「個人」のトラブル
  • 例: 同僚や上司個人を相手取って慰謝料を請求する場合。
  • 理由: 労働審判はあくまで「労働者 vs 事業主」の争いを解決する場だからです。上司個人を訴えたい場合は、通常の民事訴訟になります。
② 公務員のトラブル
  • 例: 国家公務員や地方公務員が、懲戒処分の取り消しを求める場合。
  • 理由: 公務員の勤務関係は、民間の労働契約とは異なり「行政処分」などの性質を持つため、行政事件としての別の手続きが必要になります。
③ 労働組合と会社のトラブル(集団的労使紛争)
  • 例: 労働組合が「ベア(賃上げ)」を要求したり、団体交渉の拒否を争ったりする場合。
  • 理由: 労働審判は「個人」の権利を守るための制度です。組合ぐるみの争いは、労働委員会による救済手続きなどが適しています。
④ 採用前のトラブル
  • 例: 求人広告の内容と違った、採用選考での差別など。
  • 理由: 原則として「労働契約が成立した後」のトラブルが対象です。ただし、内定取り消し(労働契約が成立したとみなされる場合)は対象になります。
⑤ 労働問題ではない個人的な貸し借り
  • 例: 会社から借りた社内融資の返済トラブルなど。
  • 理由: 労働契約に付随しない、単なる「お金の貸し借り」は労働審判には馴染みません。

「不向き」とされるケース(24条終了)

制度上は申し立て可能ですが、労働審判委員会が「これは3回で決着させるのは無理だ」と判断した場合、途中で強制終了(24条終了)となり、通常の裁判に移行させられることがあります。

  • 事実関係が極めて複雑: 証人が何十人も必要になるようなケース。
  • 集団的な争い: 一人の解決が、多くの社員の条件に波及するような深刻なケース。

労働審判の流れ

申立てから解決までの大まかなステップは以下の通りです。

  1. 申立て: 労働者が裁判所に「申立書」と「証拠」を提出します。
  2. 第1回期日の指定: 申立てから通常40日以内に最初の期日が設定されます。
  3. 答弁書の提出: 会社側は、第1回期日までに反論をまとめた「答弁書」を提出します。
  4. 第1回〜第3回期日(審理と調停): 裁判所の部屋で、委員会が双方から直接事情を聴きます。
    • 多くの場合、この場で「解決金」などの条件提示があり、和解に向けた話し合い(調停)が行われます。
  5. 終了: 調停成立: 双方の合意により解決(約7〜8割がここで終了します)。
    • 労働審判: 話し合いがまとまらない場合、委員会が解決案(審判)を下します。
    • 異議申し立て: 審判に不服がある場合は、2週間以内に異議を出すと、自動的に「通常の訴訟(裁判)」へ移行します。

労働審判を利用する前に知っておくべきこと

① 「第1回期日」が勝負の分かれ目

通常の裁判と違い、第1回期日でほぼ勝負が決まります。証拠や主張は最初から出し切らなければならず、「後から追加で出す」という猶予はほとんどありません。

② 本人の出席が強く求められる

弁護士を代理人に立てていても、原則として本人(労働者本人や、会社の責任者)の出席が必要です。委員会から直接質問をされるため、しっかり受け答えできるよう準備しておく必要があります。

③ 非公開で行われる

通常の裁判は誰でも傍聴できますが、労働審判は非公開の密室で行われます。プライバシーが守られやすい反面、外部の目は入りません。

④ 費用について

  • 裁判所の手数料: 請求金額によりますが、訴訟より安く設定されています。
  • 弁護士費用: 準備が非常にタイトで専門性が高いため、多くの方が弁護士に依頼します。着手金や報酬金が発生しますが、スピード解決できるため、トータルのコストパフォーマンスは高いと言えます。

通常の訴訟に移行する場合

労働審判から訴訟に移行する場合、改めて「訴状」をゼロから作り直して提出する必要はありません。法律(労働審判法)によって、労働審判の時に出した「申立書」が、そのまま裁判の「訴状」とみなされる仕組みになっているからです。

ただし、実務上はいくつか注意点があります。

そのまま引き継がれるもの

  • 申立書: これが「訴状」の代わりになります。
  • 証拠書類(甲号証・乙号証): 労働審判で提出した証拠は、そのまま訴訟の記録として引き継がれます。

新たに提出が必要(または推奨)なもの

労働審判は「スピード重視」の簡略化された手続きですが、訴訟は「厳密な事実認定」を行う場です。そのため、多くの裁判所では以下の対応が求められます。

  • 訴状に代わる準備書面:「申立書」は訴状とみなされますが、労働審判での相手の反論や、審判官の指摘などを踏まえて、より詳細に主張を整理し直した書類(準備書面)を最初に出すのが一般的です。
  • 追加の証拠:審判では「3回」という制限があったため出せなかった細かい証拠や、相手の主張をより強く論破するための証拠を改めて提出します。

訴訟移行時にかかる「追加の手間と費用」

書類は引き継がれますが、手続きとして以下の対応が発生します。

  1. 印紙代の差額支払い:労働審判の手数料は、通常の裁判より安く設定されています。訴訟に移行すると、通常の裁判にかかる手数料との差額を裁判所に納める必要があります。
  2. 審判書はリセットされる:労働審判で出された「審判(解決案)」の内容は、訴訟では一切拘束力を持ちません。裁判官も(基本的には)交代し、まっさらな状態から審理が始まります。
  3. 期間が大幅に伸びる:書類は流用できますが、審理のペースは月1回程度にスローダウンします。解決までさらに1年程度かかる覚悟が必要になります。

労働審判を経るメリット

もし最初から「相手は絶対に納得せず、訴訟になるだろう」と予想される場合でも、まずは労働審判を経るメリットはあります。

  • 相手の「手の内」がわかる: 訴訟になる前に、相手がどのような証拠を持ち、どのような論理で反論してくるかがわかります。
  • 争点が整理されている: 労働審判で一度議論しているため、訴訟に移行した後の審理がスムーズに進み、最初から訴訟を起こすよりは早く終わる傾向があります。

弁護士に依頼するべきか

労働審判において、法律上「必ず弁護士を立てなければならない」という決まりはありません。ご自身だけで進める「本人訴訟(本人申立)」も可能です。

しかし、現実的には弁護士に依頼するケースが圧倒的に多いのが実情です。その理由を、メリット・デメリットと併せて整理しました。

メリット

  • 費用の節約: 弁護士費用(着手金や成功報酬)がかかりません。
  • 意思の直接反映: 自分の言葉ですべてを伝え、納得感を持って進められます。

デメリット(リスク)

  • 準備の負担が極めて重い: 労働審判は「スピード勝負」です。複雑な法律構成に基づいた申立書を作成し、証拠(タイムカード、雇用契約書、録音データ等)を整理して期限内に提出するのは、働きながらでは相当な負担になります。
  • 法的な反論が難しい: 相手(会社)側は、ほぼ確実に弁護士を立ててきます。法的な専門用語で反論された際、その場ですぐに適切な再反論ができないと、不利な状況に追い込まれる可能性があります。
  • 交渉力で差が出る: 労働審判員から「このくらいの金額で妥協しませんか?」と提案された際、それが自分にとって相場通りなのか、不当に低いのかを判断するのは困難です。

弁護士に依頼した方がよいケース

以下のような状況であれば、弁護士への依頼をおすすめします。

  • 会社側が弁護士を立てている: 法律のプロを相手に一人で戦うのは非常に不利です。
  • 事実関係に争いがある: 「言った・言わない」の争いや、ハラスメントの有無など、証拠の評価が分かれる場合は、プロの視点での整理が不可欠です。
  • 精神的な負担を減らしたい: 会社側と直接やり取りしたり、法廷で顔を合わせたりすることに強いストレスを感じる場合、弁護士がクッション役となります。

まずは「法テラス」や弁護士会の無料相談などを利用し、ご自身のケースが「自分一人で手に負えるものか」意見をもらうのが第一歩かもしれません。