カテゴリー
賃金

賃金の前借と非常時払い

Last Updated on 2021年7月28日 by

前借に応じる義務はありません

これは、応じてはいけない、ということではなく、応じても応じなくても会社の自由だといういうことです。

ただし、その都度判断するのはあまりお勧めできません。ある人に対しては認め、違う人には認めないということでは不公平だという不満がでるでしょう。別なトラブルの元になりかねません。

そこで、会社の決まりとして、前借に応じないなら応じないと決める、応じるならどのような条件(金額、理由など)で応じるかを事前に決めておき、公平に対応するとよいでしょう。

なお、よくマエガリと言いますが、実務では前借金と書いてゼンシャクキンと読みます。

なぜ応じなくてもよいか

まず、労働基準法第24条第2項に、「賃金は、毎月一回以上、一定の期日を定めて支払わなければならない」とあります。

このため、一定の期日、つまり、給料日以外の支払に応じる必要はありません。これが前借拒否の理由です。

非常時払いには応じなければならない

以上のように、従業員から前借の申し出があっても、基本的には応じる法的な義務はありません。ただし、例外的に、労働基準法25条に「非常時の前払」についての規定があるので、これに該当する場合は応じなければなりません。

労働基準法第25条には「使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合には、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない」とあります。

その他厚生労働省令で定める非常の場合とは、

施行規則第9条に、「婚礼・葬儀・やむを得ない事由によって、一週間以上にわたる帰郷をする場合の他、労働者本人にこれらの事由が発生した場合に限らず、その労働者の収入によって生計を維持するものに同一事由が発生した場合も含む」とあります。

したがって、会社は前借を申し込んだ労働者に対してその理由を聞く必要があります。

前借はダメだと、一律に断るのではなく、労働基準法25条の「非常時払い」に該当するかどうか判断しなければならないからです。

労働者が、前借の理由を述べなかったり、上記以外の理由を述べたり、明らかに虚偽の理由を述べたときは、労働基準法第25条にもとづく請求とは認められないので、拒否することができます。

前借させるのはその日までの分

非常時払いに該当する場合は、前借を認めなければなりませんが、その金額は、「既往の労働に対する賃金」、つまり、前借の請求のあった日までの賃金が限度になります。

これから先の賃金を要求されても応じる義務はありません。

前借分を次の給料から引いてもよいか

注意事項がいくつかあります。

一つは、労働基準法17条の「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」という規定です。

これについて、参考になる通達があります。

(昭和22.9.13発基17号)
法第17条関係
1.弁済期の繰上げで明かに身分的拘束を伴わないものは労働することを条件とする債権には含まれないこと。
2.労働者が使用者から人的信用に基く貸借として金融を受ける必要がある場合には、賃金と相殺せず労働者の自由意志に基く弁済によらしめること。

(昭33.2.13基発90号)。
労働者が使用者から人的信用に基づいて受ける金融又は賃金の前払いのような単なる弁済期の繰上げ等で明らかに身分的拘束を伴わないと認められるものは、労働することを条件とする債権ではない

(昭63.3.14基発150号)。
使用者が、労働組合との労働協約の締結あるいは労働者からの申出に基づき、生活必需品の購入等のための生活資金を貸し付け、その後この貸付金を賃金より分割控除する場合において、貸付の原因、期間、金額、金利の有無等を総合的に判断して労働することが条件となっていないことが極めて明白な場合には、本条の規定は適用されない

以上のように、すべての貸付が給料との相殺が禁じられているのではありません。

具体的なケースに当てはめると解釈が難しい場合もありますが、少なくとも、労働基準法25条の要件を満たす「非常時払い」は、その分を翌月等の賃金から控除しても問題ないと解釈されています。

ただし、労働基準法25条の要件を満たさない、例えば、該当事由以外による前借や、既往の賃金以上に払った分は、非常時払いではなく、貸付になります。

貸付になる場合は、安易は処理は禁物です。金銭貸借と労務提供の関連性をクリアし、かつ、自由意思による賃金控除でなければなりません。

金銭消費貸借契約書を取り交わす

返済が終わらなければ会社を辞めさせない、とか、会社を辞めるときは一括返済しろ、などとしている場合には、「金銭の貸借と労務の提供が密接に関連」しているとみなされる可能性が髙いでしょう。

また、給料から借金を差し引けるのは、労働者が、自由意志に基づき賃金を相殺することに同意した場合だけという判例があります。

この同意については、単に口頭約束では不充分です。自由意思で相殺を同意したという証拠が必要です。

一般的には、金銭消費貸借契約書等を作成し、署名を得ることで証拠の一つとします。

契約書には、控除対象となる具体的な項目、及び項目別に定める控除を行う賃金支払日を明記し、労務提供と関連がないこと、さらに労働者が自由な意思に基づき行う合意相殺であることが記載されているべきでしょう。

労使協定を確認する

また、控除に関する労使協定が必要です。労働基準法24条に「書面による協定がある場合においては、賃金の一部を控除して支払うことができる」という規定があります。この労使協定に「貸付金」が含まれていなければなりません。

賃金の全額払いの原則

賞与の前借はどうか

賞与の前借りを請求されたらどうすればよいでしょうか。

非常時払いの対象は既往の賃金です。したがって、前借申し出の時点で賞与の支給額が計算できるかということが問題になります。

直前の業績によって賞与の支給額が大きく変動することがある場合は、支給前の段階で「既往の賃金額」を算定するのは困難でしょう。また、就業規則に賞与支給日に在籍していなければならないという在籍要件がある場合は、退職する可能性があれば既往の賃金がないということになります。

ということで、細かく考えれば対応できる部分があるかもしれませんが、一般的には、賞与は非常時払いの対象にしていないようです。

退職金の前借はどうか

退職金の前借りを請求されたらどうすればよいでしょうか。

非常時払いの対象は既往の賃金です。したがって、前借申し出の時点で退職金の支給額を計算できるかということが問題になります。

ということで、賞与の場合と同様に、細かく考えれば対応できる部分があるかもしれませんが、退職金は、外部機関を使っているいることが多く、手続き的に難しいので、退職金規程に前借に応じない旨を規定していることが多いようです。しない旨の規定があれば、応じる法的な義務はありません。

会社事務入門賃金・給与・報酬の基礎知識賃金についての法規制>このページ