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懲戒処分

従業員に損害賠償請求ができるか

Last Updated on 2021年4月25日 by

原則論では賠償請求は可能

従業員が、仕事上のミスで会社に損害を与えた場合、会社は従業員に対して損害賠償を請求できるのでしょうか。

原則論としては、従業員が会社に損害を与えたときは、会社はその損害額を請求することができます。

損害賠償を請求する場合、次の規定が関係します。

民法第415条
債務者がその債務の本旨に従った履行をしないときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。債務者の責めに帰すべき事由によって履行をすることができなくなったときも、同様とする。

従業員が役割を果たさずに会社に損害を与えたときは民法415条により賠償請求できます。

民法第709条
故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

従業員が故意または過失で会社に損害を与えたときは、民法709条により賠償請求できます。

上記のように、損害が生じれば、その損害の原因である相手方に対して賠償請求できるのが原則です。しかし、従業員に対する賠償請求は簡単ではありません。

賠償予定は禁止されている

労働基準法16条に次のようにあります。

労働基準法第16条
使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。

労働基準法は、実際に生じた損害についての賠償請求を禁止しているわけではありません。

違約金や損害賠償額を定めた労働契約を禁止しています。

つまり、遅刻1回で千円、商品をこわしたら弁償、期限前に辞めたら10万円などという条件を示せば労働基準法違反です。

責任制限の法理を考慮する

民法の定めでは、

① 労働者の「債務の不履行」によって損害が発生した場合
② 労働者の行為が「不法行為」によって損害が発生した場合

この2つの場合に損害賠償請求をすることができます。

一方で、

責任制限の法理があります。

労働者の行為が債務不履行や不法行為に該当するものであったとしても、負うべき責任の範囲は制限されるというものです。

労働者が使用者の指揮命令に従って業務に従事していることや、労働者のミスはそもそも業務に内在するものであることなどを考慮して、たとえ労働者に過失などがあったとしても、全ての責任を労働者に負わせるべきではないという考え方です。

全ての責任がない、ということではなく、責任には限度があるという考え方です。

では、どの程度の責任を負わせることができかというと、事業の性格、規模、労働者の業務内容、労働条件、施設の状況、勤務態度、加害行為の態様、その予防等に対する使用者の配慮など、様々な事情を考慮すべきであると考えられています。

つまり、普通に働いているうちに生じたミスであれば、むしろ、会社の作業上の指示が適切だったかどうか、マニュアルは整備されていたか、損害保険をかけていたかなど、会社の責任も考慮されます。

例えば、機械の操作ミスで機械を壊したとしても、操作方法をしっかり教育したのか、操作方法に習熟したことを確認したのか、状況に応じて適切な指導をしていたか、などという点に会社に不充分な点があれば、その損害については会社にも責任があると言えるので、一方的に労働者に責任を押し付けることはできません。

報償責任の原則を考慮する

報償責任の原理とは、

使用者が自分のために被用者を使い、利益を上げている以上、使用者は被用者による事業活動の危険を負担すべきだ。

という考え方です。

信義則の原則を考慮する

加えて、民法には信義則という規定があります。「民法第1条②権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」というものです。

労働者の損害賠償責任が認められる場合にも、賠償金額は、損害の公平な分担という見地から、信義則上相当と認められる限度において減額されるべき、という考え方です。

なお、この信義則を採用した判決では、会社が被った損害額の4分の1を限度とすべきであるという判決が出たため、実務上の一つの基準となっています。ただし、事情は事件ごとに異なるのでこの範囲であれば良いというものではありません。

負担能力を考慮しなければならない

従業員の収入、損害賠償に対する負担能力なども考慮されます。

どの程度損害賠償が減額されるかは、事情に応じて異なります。

賠償させた金額が従業員の生活に大きな影響を与える額は、認められる可能性が低くなります。

減給処分に限度額がある

使用者が、従業員の非違行為に対して懲戒権を行使することは一定の制限付きで認められています。懲戒処分のなかには給料を減額する処分があります。この場合、減給額に制限があるので注意が必要です。

減給処分をするときの注意点

回収方法も制限される

賠償させることができるとしても、賃金からの引き落としはできません

労働基準法第24条
賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。

賃金は労働者に全額を払わなければならないというのは、差し引きして払ってはならないという意味です。

労働基準法第17条
使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。

労働基準法に賃金との相殺については前借金のみが労働基準法に明記されていますが、損害賠償金についても判例によって相殺禁止の対象とされています。

ただし、労働者側も相殺に納得している場合は相殺が有効になる場合もあります。この場合、労働者が自由な意思に基づき相殺に同意することや、「自由な意思」と認められる「合理的な理由」が存在することなどが要件となります。

身元保証人への請求も簡単ではない

保証人に責任を負わせるのは簡単ではありません。不祥事を防げなかった会社の管理責任があるからです。会社は従業員が不正をしないようにどのような内部けん制の仕組みをもっていたか、上司は仕事ぶりをきちんと見ていたかという点を考慮しなければなりません。

まして、その保証が会社入社時のもので、一定の期間を経過した後の不祥事であれば、さらに会社の責任が大きくなります。

採用に際して身元保証人を求めるときの注意点

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