労働者を募集する一般の会社(求人者)には、職業安定法に基づき、求人情報について「的確な表示義務」が課されています。主な義務の内容は、大きく分けて以下の2点です。
求人情報の「的確な表示義務」
虚偽の表示または誤解を生じさせる表示の禁止
求人を行う際、求人に関する情報や自社に関する情報について、虚偽の表示や誤解を生じさせる表示をしてはならないとされています。
- 「虚偽の表示」の禁止:事実と異なる情報を記載することは禁止されます。
- 「誤解を生じさせる表示」の禁止:虚偽ではないとしても、一般的・客観的に求職者に誤解を与えるような表現は禁止されます。
【具体的な禁止・注意すべき表示の例】
- 職種・業務内容: 実際の業務内容と著しく乖離する名称を用いること(例:営業職中心なのに「事務職」と表示する)。
- 賃金: 固定残業代の計算方法が不明確であるなど、賃金の内訳や計算根拠を誤解させる表示。
- 企業情報: 非上場企業が「上場企業である」と表示する。
- 募集者: 実際に雇用する企業とは異なるグループ会社の実績を大きく記載し、あたかも自社の実績であるかのように誤解させる表示。
- 雇用形態: 派遣労働者として雇用するのに、あたかも直接雇用であるかのように表示すること。
正確かつ最新の内容に保つ義務
求人に関する情報については、正確かつ最新の内容に保つための措置を講じることが義務付けられています。
- 情報の更新: 募集内容に変更があった場合や募集を終了した際には、速やかに情報を更新するか、募集を終了しなければなりません。
- 情報提供事業者への対応: 求人メディアなどの募集情報等提供事業者から、求人情報の訂正・変更を求められた場合は、遅滞なく対応する必要があります。
- 時点の明示: 求人情報が「いつの時点の情報であるか」を明示することが推奨されています(情報の正確性を判断しやすくするため)。
的確な表示義務の対象となる情報
求人企業に対して的確な表示が義務付けられる情報は、主に以下の2つの情報です。
- 求人情報
- 労働条件(業務内容、賃金、労働時間など)
- 自社に関する情報
- 求人企業に関する情報(社名、所在地、業種、事業内容、実績など)
この義務は、求人広告だけでなく、自社のウェブサイトや電子メールなど、労働者の募集に関する情報を提供するあらゆる手段が対象となります。
違反した場合
これらの義務に違反し、虚偽の表示や誤解を生じさせる表示を行った場合、行政指導の対象となるほか、罰則(6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科される可能性があります。また、企業名が公表されるなどの社会的制裁を受ける可能性もあります。
この法改正は、求職者が安心して就職活動を行えるよう、より正確な情報を得られる環境を整備し、企業と求職者のミスマッチを防ぐことを目的としています。
採用時の「労働条件の明示」との違い
求人情報に対する「的確な表示義務」と、採用時(または個別の応募者と最初に接触する時点)の「労働条件の明示」は、内容、目的、および義務付けられるタイミングが異なります。
的確な表示義務(職業安定法 第5条の4)
項目 | 内容 |
目的 | 募集段階での情報の信頼性を確保し、広く求職者の誤解を防ぐこと。 |
タイミング | 求人情報を広告や募集で提供する時点(ウェブサイトへの掲載、求人票の掲示など、募集期間中)。 |
対象情報 | 求人情報(労働条件など)と自社に関する情報(会社名、実績など)の全体。 |
義務の内容 | 虚偽または誤解を生じさせる表示をしてはならない。情報を正確かつ最新に保つこと。 |
法的根拠 | 職業安定法(職安法) |
採用時の労働条件の明示(職業安定法 第5条の3、労働基準法 第15条)
項目 | 内容 |
目的 | 個々の求職者に対し、採用選考に入る前や雇用契約を結ぶ際に、労働契約の具体的な内容を正確に伝えること。 |
タイミング | 1. 求人の申込みを受け付ける時(求人票や広告の段階) 2. 個別の応募者と最初に接触する時(面接時など、募集情報提供後) 3. 労働契約締結時 |
対象情報 | 賃金、労働時間、業務内容、契約期間など、労働契約の核となる具体的な労働条件(明示必須の項目が細かく定められています)。 |
義務の内容 | 書面(または求職者が希望した場合の電磁的方法)で労働条件を明示すること。 |
法的根拠 | 職業安定法(職安法)、労働基準法(労基法) |
主な違いのまとめ
違いのポイント | 求人情報の的確な表示義務 | 採用時の労働条件の明示 |
主な目的 | 広く虚偽・誤解を防止し、情報の正確性を確保。 | 個別に労働契約の内容を具体的に確認させる。 |
情報の範囲 | 求人情報全体(労働条件、自社情報、実績など)。 | 労働条件(賃金、労働時間など)に特化。 |
義務の適用時期 | 募集期間中、継続的に適用される。 | 特定のタイミング(応募受付時、個別接触時、契約締結時)で適用される。 |
必要とされる厳格さ | 虚偽・誤解がないように表現に注意する。 | 明示が義務付けられた項目を書面等で網羅的に明示する。 |
結論として、的確な表示義務は、広く一般に公表する募集情報全般の「正確さ・信頼性」を確保するための義務であり、労働条件の明示は、個々の求職者と「労働契約を結ぶ前の段階」で契約内容を具体的に確認させるための義務と言えます。
的確な表示義務が、募集活動の「入り口」での信頼性を高める役割を果たし、労働条件の明示は、採用の「最終段階」で契約内容の具体的な合意を形成する役割を果たしています。両方の義務を果たす必要があります。
表示した求人情報が実際と異なる場合
表示した求人情報は、その後の労働条件の決定に強い影響があります。
法的には、求人情報(求人広告や求人票)の記載内容が直ちに労働契約の内容となるわけではありません。求人情報は、あくまで「労働契約の申込みの誘引」(応募を促すもの)と解釈されます。
しかし、裁判例(判例)の多くは、採用時に求人情報と異なる労働条件について労働者と合意したという「特段の事情」がない限り、求人情報の内容が労働契約の内容となると判断する傾向にあります。
そのため、求人者は、最終的な契約内容が求人情報と異なる場合は、採用前にその変更内容を明確に伝え、労働者の合意を得るという手続きが極めて重要になります。
許容されないケース(違法性が高いケース)
以下のケースでは、求人内容と実際の労働条件の相違が許容されず、職業安定法違反や労働契約違反となり、罰則や損害賠償、または労働契約の解除(労働者による即時退職)につながる可能性が高くなります。
虚偽の表示や誤解を生じさせる表示がある場合
職業安定法 第5条の4 違反(的確な表示義務違反)
- 最初から虚偽を記載した場合: 募集を集める目的で、最初から支払う意思のない高い賃金や、存在しない福利厚生を記載するなど、意図的に事実と異なる情報を記載したケース。
- 誤解を招く表現: 虚偽ではないものの、固定残業代の記載方法が不明確であるなど、求職者に実態と大幅に異なる印象を与えたケース。
- 最新の情報に更新しなかった場合: 募集終了や条件変更があったにもかかわらず、更新を怠った結果として虚偽または誤解を生じさせた場合(例:募集終了した職種がそのまま掲載されている)。
労働者の合意を得ずに一方的に変更した場合
労働契約法・労働基準法 違反
- 労働者への明示と合意がない: 採用時に労働条件通知書等で変更後の条件を明示せず、または明確な説明なしに、求人票より不利な条件を通知し、労働者が変更内容を十分理解・検討する機会を与えなかった場合。
- 強引な合意: 採用内定や入社直前など、労働者が拒否しにくい状況で一方的に不利な条件を通知し、やむなく署名させたような場合。この場合、裁判で労働者の真の合意はなかったと判断され、求人票の条件が契約内容となる可能性があります。
- 入社後の不利益変更: 入社後、会社側が一方的に労働条件を不利益に変更した場合(例:会社側の都合で給与を一方的に減額する)。
許容されるケース(適法性が高いケース)
求人情報と実際の労働条件が異なっても、以下のケースでは基本的に許容されます。
労働者の能力・適性に基づき、十分な説明と合意を得た場合
労働契約の原則
- 個別の能力評価による変更: 応募者の経験や面接での評価に基づき、求人票に記載された「見込み」の賃金や職種を調整し、その結果を応募者へ丁寧に説明した上で、労働者本人が新しい条件に同意し、契約を締結した場合。
- 例:求人票の月給「25万円〜35万円」に対し、面接での評価に基づき、月給27万円と提示し、労働者が納得して承諾した場合。
- 労働条件の再明示: 募集時の求人情報と異なる労働条件を、個別の応募者と最初に接触する時点までに改めて正確に明示し、労働者がその条件を理解し、応募を継続した場合。
労働契約締結の時点で明確な書面(通知書)による合意がある場合
- 求人情報とは別に、 労働契約締結前に労働条件通知書(または雇用契約書)を交付し、そこに記載された最終的な労働条件について労働者が確認し、署名・捺印等で明確に合意している場合。
【重要】
求人企業としては、トラブルを避けるために、採用活動の過程で労働条件が変更になる可能性がある場合は、面接時や内定通知時に求人情報との相違点を明確に説明し、最終的な労働条件通知書(雇用契約書)を必ず交付し、労働者の合意の証拠を残しておくことが必須です。