カテゴリー: 労働契約

  • 労働者派遣と請負の違い

    偽装請負は違法

    派遣と請負は、派遣された労働者に対する指揮命令を誰がするのかという点に基本的な違いがあります。

    従来は、製造業務についての労働者派遣が認めらなかったため、いわゆる構内請負として実質的な派遣が行われていました。

    しかし、形式上だけ請負の契約を結んで、実質的には派遣と同じように、発注元の人間が請負業者の社員に指揮命令して使用するのは違法です。

    派遣とは

    派遣とは、「自己の雇用する労働者を、当該雇用関係の下に、かつ他人の指揮命令を受けて、当該他人のために労働に従事させることをいい、当該他人に対し当該労働者を当該他人に雇用させることを約してするものを含まないものとする。」(派遣法2条1号)と定義が定められています。

    つまり、派遣は、派遣労働者から見て、雇用主と使用者が別々なのです。

    このような労務提供形態は、かつては労働者供給事業に該当するとして禁止されていましたが、労働者派遣法によって条件付で解禁されたのです。

    請負とは

    請負とは、注文主の注文に従って、請負事業者が自らの裁量と責任の下に、自己の雇用する労働者を使用して仕事を遂行するものです。

    したがって、作業の現場が注文主の構内であっても、請負事業者の作業責任者がいて、作業員を直接監督し作業の具体的な指示する場合には問題ありませんが、注文主の社員が請負事業者の作業員に直接指示しているようだと、請負とみなされないのです。

    形式的に請負契約が結ばれていても、請負事業者は労働者に指揮命令をせずに、注文先や委託先が実質的に指揮命令していると、請負とはみなされません。雇用主と指揮命令者が別々なので、形式的に請負契約を結んでいるだけで、無許可で労働者派遣を行っているものとみなされます。

    請負については請負契約を、労働者派遣については厚生労働大臣の許可等を受けている適正な派遣元事業主と労働者派遣契約を締結しなければなりません。

    会社事務入門従業員を採用するときの手続き派遣労働者受入れの注意点>このページ

  • 転籍させるときの注意点

    転籍とは

    転籍とは、元の会社との労働契約関係が終了(退職する)し、新たに他の会社との労働契約関係に入る(入社する)ことをいいます。会社が就職先を提示した転職に異なりません。

    転籍させるには

    そのため、出向とは違い出向元との労働契約が維持されません。また、転籍は会社からの働き掛けによることが前提であり、自分の意志でする転職とは違います。

    従業員を他社に転籍させるには、就業規則の定めなどによる包括的な同意では足りず、従業員本人の個別的な同意が必要であるとされています。原則として、同意を得ないまま一方的に転籍を命令することは認められません。

    転籍要請に応じることができずに退職する場合は会社都合退職となります。

    転籍後の労働条件

    違う会社に再就職することになるので、給料や賞与、その他の労働条件については、当然に転籍先の就業規則等が適用されます。

    例えば退職金については、元会社については退職することになるので、そのときに退職金を受け取ることになります。

    転籍後は転籍先の退職金規程が適用されます。新たに初年度からの勤務開始となるのでその後定年まで勤務したとしても退職金は少ないと思われます。

    転籍元の会社と転籍先の会社との話し合いで、従前の労働条件が一定程度維持されることもあります。

    退職金を含め、労働条件の低下が予想されるときは、割増退職金の支給などでバランスをとるなど、補正措置がとられることが多いですが。労働条件が著しく不利になることが明らかであれば、転籍を拒否する理由になります。

    分社などの会社の組織変更による転籍

    会社から一つの事業を切り離して子会社化する、あるいは他の企業に譲渡するといった会社分割により、伴なって社員が転籍することがあります。

    この場合は、転籍する社員の労働条件が同じまま引き継がれるのであれば、分割される部門と業務に主として従事している労働者は個別の同意なしに移籍が可能です。

    ただし、会社分割で転籍を通知された社員が、分社化される事業にどの程度かかわっているかで、転籍を拒否できるかどうかに差があります。分割される部門と業務に主として従事しているのに残留とされた労働者と、分割部門と業務に従として就いているのに移籍とされた労働者は、異議申立てが認められます。


    関連記事:出向させるときの注意点

    会社事務入門労働条件を変更するときの注意点>このページ

  • 出向させるときの注意点

    出向とは

    会社ではいろいろな異動があります。配属先や勤務地が変わっても一つの会社のなかでの異動であれば配転といいますが、他の会社に行く異動を出向といいます。

    他の会社に行くといっても、元の会社の従業員という身分は変わりません。これが転籍と違うところです。

    出向という言葉を用いても、元の企業で籍がなくなる場合は法的には転籍になります。出向と転籍はあいまいに使われることがあるので注意しましょう。

    出向が必要になるとき

    1.出向元と出向先が提携関係にあり、経営指導や技術指導のために出向させるケース
    2.中高年従業員を処遇する場を自社内に見いだすことが難しいために出向させるケース
    3.人員整理の一環として、整理解雇を回避するための手段として出向させるケース。
    など。

    出向命令の根拠

    出向を命じるには、就業規則に出向について記載があり、その命令に従うべきことが規定されていることが必要です。

    就業規則の規定:人事異動|就業規則

    出向命令がスムーズに機能するには出向規程が必要です。

    関連規程:出向規程のサンプル

    権利の濫用に注意

    次に、権利の濫用に当たらないように注意しなければなりません。

    (出向)
    労働契約法第14条 使用者が労働者に出向を命ずることができる場合において、当該出向の命令が、その必要性、対象労働者の選定に係る事情その他の事情に照らして、その権利を濫用したものと認められる場合には、当該命令は、無効とする。

    就業規則や労働協約で出向について包括的同意があったとしても、権利の濫用と認められる場合は、その出向命令は無効になります。

    出向の条件を決める

    賃金については、出向元従業員としての身分は保持されるので実質維持されるのが普通です。また、定年や退職金制度などについても同様です。出向元が賃金を払い、出向先は負担金を出向元に払う契約もあります。一定の負担割合を決めて、二つの会社から賃金を支払う方法もあります。特に法律上の制限はありません。これらは、出向元と出向先の出向契約によって定めます。

    社会保険料と労働保険料は、賃金がどちらから払われるかによって扱いが違います。

    関連記事:出向させるときの社会保険料と労働保険料

    出向者に対しては、出向先の36協定が適用されます。よって、出向先の会社は、出向してきた従業員にも自社で締結されている36協定の範囲で時間外・休日労働を命じることができます。

    出向の場合は、出向元との雇用関係が継続しています。したがって、有給休暇は出向元において継続して権利が発生していきます。ただし、時季変更権は出向先企業にあります。よって、出向者は有給休暇の取得届けは出向先に対して行います。

    労働条件の変化

    元の会社に籍が残って従業員身分が変わらなくても、違う会社に行くのですからいろいろと変化があります。

    勤務地が異なるので、通勤時間が増したり、転居を伴わなければならないこともあります。労働時間や休日などは出向先の就業規則が適用されるので、変化する部分が多いでしょう。

    例えば、同じ週休二日制でも、土日を休める会社もあれば交代制の会社もあります。社員食堂がある会社もあればない会社もあります。

    このような労働条件の変化(低下)について、会社がどうのような代償措置をとるか(規程等に定めるか)によって権利の濫用を判断されることになります。

    労働者の不利益が大きい場合は出向命令が無効とされた裁判例もあります。逆に、労働条件の低下がわずかだとして有効にされた裁判例もあります。

    出向者の懲戒処分

    出向者に対して、出向元と出向先のどちらが懲戒処分をするかは、事情によって異なります。両方に懲戒権があるとしても、懲戒解雇は籍のある出向元がすることになるでしょうし、

    減給処分は給料を払っている方が行うことになると思います。現実的には同じ行為に対して両方から処分を行うことは難しいので、どちらかの就業規則を適用することになります。

    出向者は、始業・終業時刻、休日などの労働時間、服務規律などについては、出向先の就業規則に従って労務を提供しています。したがって、この部分に非違行為があれば、出向先が懲戒権を行使することができると考えられています。

    また、出向者は、出向先の指揮命令下で労務に服していますが、あくまでも出向元の出向命令に従い出向先において労務を提供しています。したがって、出向先における服務規律違反などは、同時に出向元に対する義務違反でもあるので、出向元の就業規則を適用して懲戒処分を行うことができるとも考えられます。

    出向の手続き

    出向元と出向先の取り決め

    出向元の会社と出向先の会社はどのような条件で出向させどのような仕事をさせるかなどについて契約を取り交わす必要があります。

    出向協定書(例)

    〇〇株式会社(以下「甲」という)と 〇〇株式会社(以下「乙」という)は、甲の社員〇〇(以下「丙」という)を乙に出向させるにあたり、その勤務条件等に関し次のとおり協定する。

    (出向期間)
    第1条 出向期間は、平成〇〇年〇〇月〇〇日から平成〇〇年〇〇月〇〇日までとし、延長する場合は新たに協定を締結する。

    (就業規則)
    第2条 丙は、原則として乙の就業規則その他の規程を適用される。ただし、休職、退職、懲戒、定年など、乙の身分上の事項については甲の規程が適用される。

    (待遇)
    第3条 丙の給与、賞与は甲が支給する。

    (社会保険)
    第4条 丙の健康保険料、厚生年金保険料、雇用保険料は甲が取扱い、労災保険は乙が取扱う。

    (出向負担金)
    第5条 乙は甲に対し、丙の給与、賞与に相当する額を出向負担金として支払う。

    2 甲は乙に対し、出向負担金の請求書を当月20日に発行する。

    3 乙は、甲の請求書に基づき、出向負担金を当月末日までに甲の指定する銀行口座に振り込む。

    (諸経費)
    第6条 丙の乙における日常業務で発生する経費は、乙の負担とする。

    (赴任旅費)
    第7条 出向時及び帰任時の赴任旅費は、甲の旅費規程により甲が支給する。

    (協議)
    第8条 この協定に関して不明な点及び疑義が生じたときは、その都度甲乙が協議して決定する。

    本協定書は2部作成し、甲乙それぞれ記名捺印の上、各1通を保有する。
    平成〇〇年〇〇月〇〇日

    甲 住所 〇〇〇〇株式会社 代表取締役〇〇〇〇印

    乙 住所 〇〇〇〇株式会社 代表取締役〇〇〇〇印

    個々の従業員との取り決め

    労働条件の一部変更となるので、出向する個々の従業員に対して書面で条件を通知する必要があります。その際、通知を受け受諾したことを明らかにするために、同意書を兼ねた形にするのがよいでしょう。

    出向通知書(兼同意書)例

           殿

    下記の条件で出向を命じます。

    1.出向先に関する事項
    会社名
    所在地
    勤務地
    担当業務

    2.労働条件
    賃金・賞与 当社の給与規程基づき当社から支給されます。
    健康保険、厚生年金、雇用保険、介護保険は当社にて継続加入します。
    労災保険は、出向先会社において加入します。
    労働時間・休日等は添付の乙の就業規則によります。
    退職金は当社の規程に基いて継続します。

    3.出向期間
    平成 年 月 日から、平成 年 月 日までとします。
    変更がある場合は期限満了の1か月前までに通知します。

    平成〇年〇月〇日

    株式会社〇〇     
    代表取締役〇〇〇〇 印

    出向同意書

    上記の諸条件にもとづいて出向することに同意します。

    平成〇年〇月〇日

    氏名〇〇〇〇    印

    関連記事:転籍させるときの注意点

    関連記事:配転させるときの注意点

    会社事務入門労働条件を変更するときの注意点>このページ

  • 降格させるときの注意点

    降格とは

    降格とは、従業員を従来の役職より下位の役職にする人事発令です。

    降格には、懲戒処分としての降格と人事制度上の降格があります。このページでは、人事異動による降格について解説します。

    懲戒処分による降格については次のページで解説しています。

    関連記事:降格処分

    人事異動による降格

    人事考課の結果や、職務遂行能力の不足、役職への適格性の欠如を理由として降格することは、原則として、使用者に裁量が認められています。

    ただし、人事異動による降格については、人事考課の制度が整っていて、運用も的確に行われていることが前提になります。

    職能資格制度は、技能経験の積み重ねで職務遂行能力が上がっていくという制度で、いったん到達した職能資格は下がらない、というのが制度的前提です。もし、職能資格制度において、一度は到達した職務遂行能力も、見直すことがあるとするのであれば、就業規則等に、その旨の規定がなければなりません。

    仕事のできが良くない、上司として指導力に欠けるなどの理由による降格は、周りの観察と本人の自覚が食い違うことが多いものです。漠然と「皆んなが言っていた」程度のことで降格にしてしまうと、争いになったときに具体的な証拠を提示できずに困惑してしまうことがあります。具体的にどういうことがあったのかなど、降格を決定するにいたった事情についてきちんとした記録を残しておく必要があります。

    問題のある降格

    人事異動による降格であっても、権利濫用と認められる場合には無効となり、場合によっては不法行為と評価され損害賠償請求の対象になることがあります。

    正当な権利行使に対抗する降格発令

    妊娠、出産に伴う権利、例えば、育児休業の取得を契機とする降格は違法です。

    (婚姻、妊娠、出産等を理由とする不利益取扱いの禁止等)
    男女雇用機会均等法第9条 事業主は、女性労働者が婚姻し、妊娠し、又は出産したことを退職理由として予定する定めをしてはならない。
    2 事業主は、女性労働者が婚姻したことを理由として、解雇してはならない。
    3 事業主は、その雇用する女性労働者が妊娠したこと、出産したこと、労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第六十五条第一項の規定による休業を請求し、又は同項若しくは同条第二項の規定による休業をしたことその他の妊娠又は出産に関する事由であつて厚生労働省令で定めるものを理由として、当該女性労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。
    4 妊娠中の女性労働者及び出産後一年を経過しない女性労働者に対してなされた解雇は、無効とする。ただし、事業主が当該解雇が前項に規定する事由を理由とする解雇でないことを証明したときは、この限りでない。

    上記以外にも有給休暇の取得など、法律に定められた正当な権利行使を理由とする降格処分は、法律の権利行使を妨害すること自体が違法なので、当然に無効になります。

    違法な降格発令は本人の円満な同意があっても違法とされます。

    不当な動機がある降格発令

    一般に、その人事発令が他の不当な動機、目的をもってなさる場合、例えば、退職に追い込むことを狙いに、実行するのであれば、人事権の濫用に該当します。

    過度にダメージを与える降格発令

    また、不当な動機がなかったとしても、その人事発令が、過酷なものであって、通常受忍すべき程度を著しく超えると判断されれば、人事権の濫用に該当する可能性が高くなります。

    経済的な不利益が大きい降格発令

    降格した場合の賃金の扱いですが、基本給の減額は重要な労働条件の不利益変更となるので避けたほうがよいでしょう。

    基本給に役職手当相当分が含まれているなどの理由で減給を実施する場合は、就業規則(給与規程等を含む)に減給を適用する基準や減額する額(あるいは減額の幅)などが明確に記載され、その規定に基づいて実施しなければなりません。つまり、抽象的な減額規定では実施が困難です。さらに就業規則と同様に周知されていることも適用条件になります。

    尚、降格に伴って従前の役職手当が支給されなくなることについては、その降格そのものに問題がない限り、特に問題となることはありません。

    病気を理由にした降格発令

    病気を抱える従業員には配置転換などの負担軽減措置をとるべきです。これは、労働安全衛生法が求める安全配慮義務でもあります。責任を軽くするための役職の解任もその一つです。

    しかし、本人への説明不足があると、無理やり降格されたというトラブルになることがあります。特にメンタル面での病気のときは、不安感も強くなっているので、コミュニケーションに気をつかう必要があります。

    降格により減給になる場合

    人事異動による降格による降格には、原則として労働基準法第91条の減給の限度額の基準は適用されません。

    役職手当の減少

    例えば、課長であった者が総務部付に転じた場合は、その任にあるときだけ支給することが就業規則に明確であれば、課長手当が無くなっても問題ないと考えられます。

    基本給の減少

    通常、基本給は、任じられている役職とは関係ない要素で決められています。その会社の賃金規程にもよりますが、降格の結果として基本給を減額させれば、労働条件の不利益変更に該当する可能性があります。

    基本的には、労働者に不利益な変更であっても、合意があれば変更できますが、「対等の立場における合意」である必要があるのでハードルは高いです。

    (労働契約の原則)
    労働契約法第三条 労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。
    (労働契約の内容の変更)
    第八条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

    関連記事:就業規則改定による不利益変更

    会社事務入門労働条件を変更するときの注意点>このページ

  • 配転(部署間異動・転勤)させるときの注意点

    配転とは

    配転とは、人事異動により社内の他の部署に異動すること、または、他の支店に転勤することをいいます。「配置転換」の略です。

    わが国の伝統的な雇用管理は、長期雇用を前提とするなかで、企業の成長に伴う、さまざまな局面に対応できるゼネラルな人材を養成する必要があり、そのために、いろいろな職場や業務を経験させることが必要と考えられてきました。

    また、こうした定期的な異動を行うことは、不祥事の発生を防ぐ仕組みにもなっていました。

    会社は規模が大きいほど頻繁に配転があり、それは大きくなれば当然のこととして受け止められてきました。会社に入った以上、配転に応じることでポストを獲得し収入を増やしていくという暗黙の了解があります。

    配置転換は業務命令として実施できる

    配転は、同じ企業内での異動なので、他の企業(子会社を含む)に勤務場所が変わる、出向あるいは転籍とは区別されます。

    つまり、就業規則等による根拠が明確になっていれば、本人の同意が得られない場合でも、業務命令として配転を命じることができます。

    しかし、住居の移転を伴う場合は新しい土地での慣れない生活や、家族の学校、仕事に影響があり、負担が小さいとはいえません。

    また、第三者的に見て負担が少ないと思われる場合でも、それぞれの事情で思わぬ負担になる場合があります。

    配転について就業規則に記載する

    配転は使用者に備わっている業務命令権の一つと考えられていますが、配転命令が有効であるためには、就業規則に配転について記載しその命令に従うべきことが規定されていることが必要です。

    関連規定:人事異動|就業規則

    そして、これまでも就業規則に従って配転が計画的にかつスムーズに実施されてきた実績が必要です。

    その他の注意点

    配置転換を業務命令として発令する以上、業務命令権の濫用という問題が伴います。濫用と認められればその業務命令は無効とされ、労働者に実際の損害が生じたときは損害賠償の責を負うことにもなります。

    次のようなケースに注意してください。

    1.職種や職場を限定して雇用された人は、本人の了解なく採用時の約束を違えることはできません。

    従来、所属の事業所が無くなるなど、やむを得ない事情があれば労働契約の内容に反して配置転換することも許容されると判断されてきましたが、令和6年4月26日の最高裁判決は、労働契約の内容は本人の合意がなければ(例外なく)認められないと判示しました。

    最高裁(令和6年4月26日)判決の要約

    労働者と使用者との間に当該労働者の職種や業務内容を特定のものに限定する旨の合意がある場合には、使用者は、当該労働者に対し、その個別的同意なしに当該合意に反する配置転換を命ずる権限を有しないと解される。
    本件は、使用者と労働者との間には、労働者の職種及び業務内容を本件業務に係る技術職に限定する旨の合意があったというのであるから、使用者は、労働者に対し、その同意を得ることなく総務課施設管理担当への配置転換を命ずる権限をそもそも有していなかったものというほかない。 そうすると、労働者の同意を得ることなくした本件配転命令につき、使用者が本件配転命令をする権限を有していたことを前提として、その濫用に当たらないとした原審の判断には法令違反がある。

    (以下「私見」です)この判決から類推すると、例えば、経営上の理由によって支店が閉鎖された場合に、支店閉鎖がやむを得ないものであったとしても、そこにいた従業員のうち勤務地限定の契約がある者を他支店や本社に転勤させるためには「合意」が絶対条件であるということになります。どうしても合意がとれない場合には、相応の条件を提示しての退職勧奨、整理解雇という方向になると思われますが、整理解雇の条件を満たすかについて、案件ごとに慎重な対応が必要です。

    2.配転の必要性が全く認められない配転命令も問題です。ただし、新しい経験を積ませるということも立派な理由なので、全く理由がないということは通常無いでしょう。

    3.配転に不当な動機がある場合はよく問題になります。たとえば組合活動を妨害する意図で支店に飛ばすなどですが、会社がいかに理屈をこねても、客観的に見てそうした意図を感じさせるようであれば通る話しではありません

    4.使用者には安全配慮義務があるので、配転先が危険な状態であれば、配転の必要性や安全対策について十分な検討が必要です。

    5.病気や要介護の家族を抱えている場合は配慮が必要です。

    関連記事:自己申告制度について


    関連記事:出向させるときの注意点

    関連記事:転籍させるときの注意点

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  • 賃金引き下げの注意点

    賃金を引き下げることは可能か?

    結論から言えば、賃金引き下げは可能ではありますが、条件付きです。

    賃金は労働条件の中でも中心的なものであり、これを変更するには、労働者の個別の同意、または就業規則の合理的変更、もしくは労働協約に基づく必要があります。

    賃金引き下げは、労働者にとって明らかに不利益な変更であるため、慎重な手続きと十分な説明責任が求められます。

    個別合意による変更

    法的根拠:労働契約法第3条

    労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。

    労働者が、自由な意思で賃金の引き下げに同意した場合は、変更は有効です。ただし、次のような状況では、「自由な意思による合意」とはみなされません。

    1.上司の威圧による強要
    2.「同意しなければ解雇する」などの脅迫的言動
    3.事実と異なる説明(たとえば「合意しなければ会社が倒産する」など)の虚偽や誇張

    これらにより得られた同意は、無効とされる可能性があります。

    適正な合意の取り方

    有効な合意を得るには、以下のような方法が望ましいとされています。

    1.密室での個別面談を避け、グループ説明会や部門単位の説明とする
    2.資料を配布し、賃金引き下げの理由・幅・期間を明示する。
    3.十分な考慮期間を与え、即答を求めない。
    4.「自由な意思による同意」であることが分かるよう、説明内容や実施状況の記録を残す必要。

    記録すべき事項の例

    □日時、場所、出席者(説明者・対象者・同席者)
    □説明内容(配布資料の内容や口頭での補足)
    □質問・応答の要点
    □書面同意を得た日付・署名

    関連文書:賃金変更に関する同意書のサンプル

    合意なしに強行した場合のリスク

    合意を得ずに賃金を一方的に引き下げた場合、無効とされ、差額を遡って支払うよう命じられる可能性があります。

    例えば、会社更生法適用下の企業が、管理職の賃金を20%引き下げたが、同意を得ず一方的に実施したため、裁判で敗訴した事例があるます。つまり、状況の緊急性があっても、同意なき不利益変更は原則として認められないと心得るべきです。

    就業規則の変更による賃金引き下げ

    労働契約法第9条

    使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

    労働契約法第10条の要件(就業規則変更の合理性)

    就業規則の変更が労働契約に反映されるには、以下のような合理性の要件を満たす必要があります。

    1.労働者の不利益の程度
    2.労働条件変更の必要性
    3.変更後の内容の相当性
    4.労働組合等との交渉の状況
    5.その他の関連事情

    このような要件を満たしていない就業規則の変更は、たとえ手続きが形式的に整っていても無効とされる可能性があります。

    就業規則による不利益変更については別記事で解説しています。

    関連記事:就業規則改定による不利益変更

    労働協約による変更

    労働契約法第7条により、労働協約に定められた労働条件は、労働契約の内容となるとされています。

    労働組合との間で締結された労働協約において、賃金引き下げが定められた場合、組合員には原則としてその内容が適用されます。ただし、労働協約は、労働組合が存在する場合に限られ、未組織の事業場ではこの手法は使えません。

    関連記事:労働協約とは

    まとめ

    個別合意による賃金引き下げは、労働者の自由な意思に基づく同意 強要・脅迫・虚偽があると無効になります。

    就業規則変更による賃金引き下げは、労働契約法第10条の「合理性の要件」 内容・手続き・交渉の状況などが重要です。

    労働協約による賃金引き下げは、組合との協定が成立すれば組合員に適用されますが、未組織企業では不可です。

    賃金引き下げは、法的にも心理的にもデリケートな対応を要する問題です。安易に「サインをもらえば大丈夫」と考えず、手続きと記録の透明性を重視しなければなりません。特に「説明責任」と「文書管理」が、後日の争いを防ぐ最大の防波堤になるでしょう。


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