カテゴリー: 取締役と監査役

  • 取締役会は会議を開かずに書面決議にすることができますか?

    株式会社の取締役会は取締役と監査役の全員の同意があれば開催を省略して書面決議できますか。

    はい、できます。ただし、いくつかの要件を満たす必要があります。

    取締役会の書面決議の条件

    はい、できます。ただし、いくつかの要件を満たす必要があります。

    株式会社の取締役会は、取締役全員の同意があれば、実際に会議を開催することなく書面での決議を成立させることが可能です。これを書面決議またはみなし決議と呼びます。

    一人でも反対すればできません。

    会社法と定款の要件

    この制度を利用するためには、会社法370条に基づき、定款にその旨の定めがあることが必須です。定款に「取締役の全員が取締役会の決議事項について書面または電磁的記録により同意した場合、当該決議があったものとみなす」といった条文を記載しておく必要があります。

    第三百七十条(抜粋) 取締役会設置会社は、取締役が取締役会の決議の目的である事項について提案をした場合において、当該提案につき取締役の全員が書面又は電磁的記録により同意の意思表示をしたときは、当該提案を可決する旨の取締役会の決議があったものとみなす旨を定款で定めることができる。

    要件を満たせば、当該提案を可決した旨の決議があったものとみなせることになります。

    監査役設置会社の場合

    監査役設置会社においては、上記の要件に加えて、監査役がその議案について異議を述べていないことも必要となります。取締役全員が同意しても、監査役が異議を述べた場合は書面決議は成立しません。監査役は、取締役の職務執行を監査する立場にあるため、そのチェック機能が確保されています。

    業務執行状況の報告は例外

    書面決議は、迅速な意思決定には便利ですが、全ての決議事項に適用できるわけではありません

    代表取締役および業務執行取締役は、3か月に 1 回以上、自己の職務の執行の状況を取締役会に報告しなければならず、この報告の省略は認められません(会社法372条2項、363条2項)。

    つまり、書面決議の要件が整っていても、3か月に1回は実際にに取締役会を開催しなければなりません。

    特別の事情があるときは開催が必要

    会社法で3か月に1回以上の開催が義務付けられているのは、業務執行状況の報告です。しかし、会社の状況によっては、より頻繁な取締役会の開催が必要となる場合があります。以下にその例を挙げます。

    • 株主総会で定められた事項: 定款や株主総会の決議で「毎月取締役会を開催する」と定められている場合。
    • 重要な事業計画の進捗: 重要なプロジェクトの進捗状況など、迅速な監督が求められる案件がある場合。
    • M&Aや事業提携: M&Aや事業提携といった重要な経営判断を伴う場合、書面決議だけだと慎重審議をつくしたことが証明できないおそれがあります。
    • 不祥事や緊急事態: 会社の信用に関わるような問題が発生した場合、書面決議だけだと会社の問題意識に疑問符がつくおそれがあります。

    これらのケースでは、多様な意見を交換し、リスクや影響を多角的に検討する必要があるため、取締役会を実際に開催して議論することが本来求められます。3か月に1回という法定の頻度では不十分であり、必要に応じて臨時の取締役会を開催することが求められます。


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  • 監査役というのは具体的に言えばどのような仕事をする人ですか?

    監査役の具体的な仕事内容をご説明します。

    監査役の業務

    監査役の監査業務は、主に業務監査会計監査の2つに大別されます。

    業務監査

    業務監査とは、会社の取締役の職務執行が法令や定款に違反していないか、また、不当な点がないかを監査することです。

    具体的な作業は以下の通りです。

    取締役会の出席: 監査役は、原則として取締役会に出席し、取締役の職務執行状況を監視します。会議での質問や発言、議事録の確認も重要な業務です。

    事業報告書の確認: 事業年度ごとに作成される事業報告書の内容が、会社の経営状況を正確に示しているかを確認します。

    業務執行状況の調査: 必要に応じて、会社の業務や財産状況について調査を行います。特定の部門や取引について、報告を求めたり、実地で調査したりすることもできます。

    会計監査

    会計監査とは、会社の計算書類(貸借対照表、損益計算書など)が、会社の財産状況や損益状況を適正に表示しているかを監査することです。

    具体的な作業は以下の通りです。

    計算書類の確認: 会社の決算時に作成される計算書類の内容を詳しく確認します。計上されている資産や負債が適正か、収益や費用が正しく計上されているかなどをチェックします。

    会計帳簿の閲覧: 計算書類の基礎となる会計帳簿(総勘定元帳、仕訳帳など)を閲覧し、不正な取引や不当な会計処理がないかを確認します。

    監査報告書の作成: 監査の結果をまとめ、監査報告書を作成します。この報告書には、計算書類が適正であるかどうかの意見を記載します。

    小規模な株式会社では、会計監査は公認会計士や監査法人ではなく、監査役が単独で行うことが一般的です。これらの監査を通じて、会社の健全な経営と法令遵守を確保することが、監査役の重要な役割です。

    監査役の調査権について

    監査役は取締役の許可なく、会社の業務や財産状況について調査することができます。非常に大きな権限です。

    会社法では、監査役の職務を効果的に遂行するため、以下の権限を定めています。

    事業報告請求権:いつでも、取締役や使用人に対して事業に関する報告を求めることができます。

    業務・財産状況調査権:会社の業務や財産状況について、いつでも調査することができます。

    これらの権限に基づいて、監査役は不正がないかを確認するために、具体的には、取締役の許可を必要とせずに、担当者に質問したり、現金の実査(実際に数えること)、通帳の確認倉庫の在庫確認などを実施できます。

    定款による監査範囲の限定

    ただし、小規模な非公開会社(株式の譲渡制限がある会社)では、定款によって監査役の監査の範囲を会計に関するものに限定している場合があります。この場合、業務監査に関する権限が限定されるため、業務執行の適法性に関する広範な調査はできなくなります。

    監査役の重要性

    中小企業のなかには、監査役の役割が形骸化して、充分な監査を行わずに用意された監査報告書に捺印することになっていることがあります。それは会社法が求める監査役の職務を十分に果たしているとは言えず、通常とは言えません。

    監査役の役割は、取締役の職務執行が法令や定款に違反していないかを監視し、会社の健全な経営を確保することです。これには、以下の点が求められます。

    継続的な監視: 監査役は、年に一度だけではなく、会社の経営状況を継続的に監視する義務があります。取締役会の出席や、必要に応じた業務調査がその典型です。

    独立した判断: 監査報告書への押印は、自らの判断と責任で行うべきものです。経理部長の説明を鵜呑みにするのではなく、自ら会計帳簿や関連資料を調査し、内容が適正であることを確認した上で意見を表明する必要があります。

    善管注意義務: 監査役は、善良な管理者としての注意義務をもって職務を遂行しなければなりません。形式的な監査にとどまり、もし会社に不正があった場合、その責任を問われる可能性があります。

    監査役の職務は、会社の規模や状況によって異なりますが、最低限、取締役会への出席や計算書類の慎重な確認は欠かせません。

    具体的な監査役面談のやり方

    監査役として特定の部門を訪問し、責任者と面談する際の話し方について説明します。

    高飛車でも遠慮がちでもない、信頼関係を築きながら情報を引き出すための話し方として、以下の3つのポイントを意識すると良いでしょう。

    1. 目的の明確化: なぜ面談に来たのかを最初に伝えます。
    2. 協力の姿勢: 相手の協力が不可欠であることを示します。
    3. 具体的な質問: 漠然とした質問ではなく、具体的な業務内容に踏み込んで質問します。

    これらのポイントを踏まえたシナリオを、会話形式で示します。

    シナリオ例:新規事業開発部門の訪問

    登場人物

    監査役: あなた

    責任者: 新規事業開発部門の部長

    監査役: 部長、お忙しいところ、お時間をいただきありがとうございます。監査役の〇〇です。今日は、こちらの部門で進めている新しい事業について、いくつかお話を伺いたく、参りました。

    責任者: こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします。

    監査役: ありがとうございます。今回、この事業に特に興味を持ったのは、先日、社長が取締役会でこの事業は今後の重点事業だとお話されたからです。そのお話を聞きながら、この事業は当社の将来の成長戦略において、非常に重要な位置づけにあると感じてもう少し詳しくお聞きしたいと思ったからです。

    責任者: なるほど。

    監査役: そこで、いくつか具体的な質問をさせていただけますでしょうか。

    責任者: はい、承知いたしました。

    監査役: まず、この新しい事業の具体的な構想をあらためてご説明をお願いします。

    責任者: (説明)

    監査役: ありがとうございます。次に、この事業で特に懸念されているリスクについてお教えいただけますか?例えば、競合他社との関係、特許問題など、どのようなリスクを想定し、どのように対策を講じているか、差し支えのない範囲でお聞かせください。

    責任者: (説明)

    監査役: 大変分かりやすくご説明いただき、ありがとうございました。今日お伺いした内容は、監査役としての私の職務遂行に非常に役立ちます。また、何か不明な点が出てきた際には、改めてご相談させていただくかもしれません。今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。

    シナリオのポイント

    このシナリオでは、冒頭で監査の目的を明確に伝え、相手の業務への敬意と関心を示しています。また、質問は「何をしているか」ではなく、「どのようにしているか」に焦点を当てることで、プロセスの適正性に踏み込んでいる点が重要です。

    監査は、不正を見つけるための「尋問」ではなく、会社の健全性を高めるための「対話」であるという姿勢で臨むと、よりスムーズな情報収集と建設的な関係構築につながります。

    具体的な経理面談のやり方

    経理部門を訪問し、経理の責任者と面談しながら、銀行の通帳と会社の帳簿を突き合わせる際の一例を紹介します。

    この場面でも、「具体的な監査役面談のやり方」で示した3つのポイントを意識してください。それらのポイントを踏まえたシナリオを、会話形式で示します。

    シナリオ例:経理部長との通帳・帳簿突合作業

    登場人物

    監査役: あなた

    経理部長: 経理部門の責任者

    監査役: 部長、お忙しいところ申し訳ありません。監査役の〇〇です。今日は、経理部門で保管されている銀行通帳と会計帳簿を突き合わせる作業にご協力いただきたく、参りました。

    経理部長: はい、承知いたしました。よろしくお願いします。

    監査役: ありがとうございます。この作業は、会社の財産が正しく管理されているか、また、帳簿の記録が正確であることを確認するための、監査業務の重要な一部です。ご協力ください。

    経理部長: なるほど。

    監査役: 具体的には、今期末の主要な銀行口座の通帳を拝見し、経理システム上の預金勘定の帳簿と一つずつ照合していきたいと思います。期中なのでズレがあると思いますが、そのズレの内容についてもその都度、ご説明をお願いできますでしょうか。

    経理部長: もちろん、お任せください。どの口座から始めましょうか?

    監査役: では、まずはメインバンクである〇〇銀行の通帳からお願いします。

    (通帳と帳簿を突き合わせる作業開始)

    監査役: これは、◯◯円の違いがありますね。この内容を教えていただけますか。

    経理部長: (説明)

    監査役: ありがとうございます。よくわかりました。(通帳の記帳内容を指しながら)部長、こちらの日付の「振込入金」ですが、この取引の元になった請求書を確認させていただけますか?

    経理部長: はい、少々お待ちください。(書類を探して提示)こちらがその請求書です。

    監査役: 承知いたしました。ありがとうございます。これで確認を終わります。

    監査役: 本日は長時間にわたり、ご協力いただき本当にありがとうございました。部長のおかげで、スムーズに作業を進めることができ、会社の預金管理が適正に行われていることを確認できました。これからも、どうぞよろしくお願いいたします。

    シナリオのポイント

    このシナリオでは、作業の目的と手順を最初に明確に伝えることで、相手に安心感を与え、協力を引き出しています。また、質問は「なぜこの取引が行われたのか」というように、背景や根拠を尋ねる形式にすることで、帳簿の内容が正しいかを確認しています。

    監査役の作業は、不正を見つけることだけでなく、会社の財務管理体制が適正に機能していることを確認するという側面も持っています。経理部門の専門性を尊重しつつ、具体的な事実に基づいた確認作業を進めることが重要です。


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  • 取締役の競業避止義務について詳しく解説

    競業避止義務とは?

    まず、「競業避止義務(きょうぎょうひしぎむ)」とは何かを分かりやすく解説します。

    簡単に言うと、「会社で働いている人、または会社を辞めた人が、その会社の事業と競合するような行為をしてはいけませんよ」というルールのことです。

    なぜこのようなルールがあるのでしょうか?

    会社は、日々事業活動を行う中で、顧客リスト、製品の開発情報、営業戦略、技術ノウハウ、仕入れルートなど、様々な重要な情報を蓄積しています。これらは、会社が競争に打ち勝ち、利益を上げていくための「宝物」のようなものです。

    もし、社員や役員が、これらの秘密を使って、独立して同じような事業を始めたり、競合他社に転職して会社の秘密を漏らしたりしたらどうなるでしょう? 会社は大きな損害を被り、事業の継続が困難になる可能性もあります。

    そこで、会社が健全に事業を継続し、競争力を保つために、競業避止義務というルールが必要になるのです。

    一般の社員の場合

    一般の社員にも競業避止義務はありますが、その効力は会社と結ぶ契約就業規則によります。

    在職中:社員は会社と雇用契約を結んでいる間は、会社の指示に従い、会社の利益のために働く義務(誠実義務)があります。そのため、会社の許可なく同業他社で副業をしたり、会社の顧客を横取りしようとしたりする行為は、原則として許されません。通常、就業規則にその旨が定められています。

    退職後:退職した後は、原則として競業行為は自由です。しかし、会社との間で特別な「競業避止に関する合意(契約)」を結んでいる場合は、一定期間、競業行為が制限されることがあります。

    この場合、期間の長さ、禁止される地域の範囲、禁止される業務の内容が合理的であること、そしてその制限に対する「代償措置」(例えば、競業しないことへの手当や退職金の加算など)が適切であることが、裁判などでは重要視されます。不合理な制限は無効と判断される可能性があります。

    関連記事:一般社員の競業避止義務とは?知っておくべきルールと対策

    取締役の場合

    一般の社員の場合が「就業規則」あるいは「契約」に基づく義務であるのに対し、取締役の競業避止義務は、会社法という「法律」で明確に定められています。そのため、取締役は一般の社員よりも高度で厳格な義務を負っています。

    取締役の「忠実義務」と「競業避止義務」

    取締役は、会社の経営を任されている立場なので、会社に対して特に重い責任と義務を負っており、この一つが「忠実義務(ちゅうじつぎむ)」です。

    会社法第355条(忠実義務)

    「取締役は、法令及び定款並びに株主総会の決議を遵守し、株式会社のため忠実にその職務を行わなければならない。」

    この忠実義務の一環として、具体的な義務として定められているのが「競業避止義務」です。

    会社法第356条(競業及び利益相反取引の制限)第1項

    「取締役は、次に掲げる場合には、株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない。

    一 取締役が自己又は第三者のために株式会社の事業の部類に属する取引をしようとするとき。(以下略)」

    この条文の「一」の部分が、取締役の競業避止義務を定めています。

    取締役の競業避止義務のポイント

    上記の会社法356条1項1号を分解して解説すると、以下のようになります。

    1.「自己又は第三者のために」

    取締役自身が個人的に競業するだけでなく、他の会社(第三者)のために競業行為を行う場合も含まれます。例えば、競合他社の役員を兼任する、競合他社に情報を提供する、といったケースです。

    2.「株式会社の事業の部類に属する取引」

    これが非常に重要です。「株式会社の事業の部類」とは、単に会社が現在行っている事業だけでなく、将来的に会社が展開する可能性のある事業や、関連性の高い事業も含まれると解釈されています。

    会社の定款に記載されている事業目的の範囲内で判断されることが多く、曖昧な場合はより広く解釈される傾向にあります。

    3.「株主総会において、当該取引につき重要な事実を開示し、その承認を受けなければならない」

    ここが一般の社員との決定的な違いです。取締役は、上記の「競業取引」をしようとする場合、事前に株主総会で、その取引の重要な事実(取引内容、相手方、取引額など)をきちんと説明し、株主総会の承認を得なければなりません。

    承認を得ずに競業取引を行った場合、その行為は原則として無効であり、会社は取締役に対して損害賠償を請求したり、その取引によって取締役が得た利益を会社に返還するよう請求したりすることができます(会社法第423条、第429条)。

    退任後の競業避止義務について

    取締役の場合も、原則として退任すれば競業避止義務は消滅します。

    退任後も競業避止義務を負わせたい場合は、一般の社員と同様に、会社と取締役の間で別途「競業避止に関する合意(契約)」を結ぶ必要があります。この場合も、その制限が合理的であること(期間、地域、業務範囲、代償措置など)が法的に有効となるための条件となります。

    退任した取締役の競業避止違反に対して

    原則として退任した取締役と競業避止に関する契約を事前に結んでいなければ、退任後に競合取引を行われたとしても、会社法上の競業避止義務違反を問うことはできません。

    しかし、打つ手が全くないわけではありません。いくつか、法的に争える可能性のあるケースや、会社が検討すべき対処法があります。

    契約がなければ会社法上の競業避止義務は消滅

    先ほど解説した通り、会社法第356条の競業避止義務は、取締役の「在任中」に限定される義務です。取締役を退任すれば、この義務からは解放されます。

    これは、取締役にも職業選択の自由(憲法第22条)があり、退任後に生計を立てるために働くことを不当に制限すべきではないという考えに基づいています。

    そのため、退任後の競業行為を制限するには、会社と退任取締役の間で、退任後の競業避止義務に関する個別の「合意(契約)」が必要不可欠となります。

    契約がなければ打つ手はないか

    契約がないからといって、元取締役が会社の営業秘密を不当に利用したり、極めて悪質な方法で会社に損害を与えたりした場合まで会社が泣き寝入りするしかないわけではありません。

    以下のような法的根拠に基づいて、対応を検討できる可能性があります。

    不正競争防止法違反

    退任した取締役が、在任中に知り得た会社の「営業秘密」を不正に利用して競業行為を行った場合、不正競争防止法違反として責任を追及できる可能性があります。

    「営業秘密」として保護されるには、営業秘密の要件を満たす必要があります。

    要件を満たす営業秘密を、不正の利益を得る目的や、会社の利益を害する目的で、不正に取得・使用・開示した場合、不正競争防止法違反となる可能性があります。

    関連記事:営業秘密はどのように守るか

    信義則違反に基づく不法行為責任

    明示的な競業避止契約がなくても、元取締役の行為が「信義則」に反する極めて悪質な競業行為であると認められる場合には、民法上の不法行為(民法第709条)に基づく損害賠償請求が認められる可能性があります。

    ただし、この場合、会社側が「違法性の高さ」と「損害の発生・因果関係」を具体的に立証する必要があり、ハードルが高いのが実情です。

    会社法上の責任(在任中の義務違反)

    退任後の競業行為そのものを問うのは難しいですが、「退任直前の準備行為」が悪質であれば、それは「在任中の取締役としての忠実義務違反(会社法第355条)や善管注意義務違反(会社法第330条、民法第644条)」として、損害賠償請求の対象となる可能性があります。

    会社が検討すべき対処法

    もし退任した取締役による競合行為が発覚した場合、会社は以下の点を検討すべきです。

    証拠の収集:競合行為の事実、会社の営業秘密が利用されている証拠、会社に生じた損害(顧客の流出、売上減少など)に関する具体的な証拠を可能な限り収集する。

    弁護士への相談:上記の法的根拠(不正競争防止法、不法行為、会社法上の責任など)に基づき、法的な措置が可能か、損害賠償請求や差止請求の見込みについて、専門家である弁護士に相談する。

    警告文の送付:状況に応じて、まずは弁護士名義で警告文を送り、競合行為の中止や情報の返還を求めることも有効です。

    まとめ

    競業避止義務とは、会社で働く人や辞めた人が、会社の事業と競合する行為をしない義務です。会社の営業秘密やノウハウを守るためにあります。

    一般の社員の競業避止義務は、主に就業規則や個別の契約によって定められ、退職後の制限には合理性が必要です。

    取締役の競業避止義務は、会社法第356条によって明確に定められた、より高度で厳格な義務です。

    退任後は、退任取締役との間で競業避止に関する契約がなければ、原則として会社法上の競業避止義務違反は問えません。

    しかし、不正競争防止法違反信義則違反に基づく不法行為在任中の忠実義務・善管注意義務違反があれば、法的措置を検討できる可能性があります。

    いずれの場合も、具体的な証拠収集と、弁護士などの専門家への相談が不可欠です。

    したがって、取締役が就任する際や退任する際に、退任後の競業避止義務について明確かつ合理的な範囲で合意書(契約)を締結しておくことが、最も確実な予防策となります。


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  • 取締役の登記を忘れた場合

    取締役の任期

    株主総会の取締役には任期があります。いつまでも続けることはできません。取締役を続けるのであれば任期が切れるときに再任の手続きをしなければなりません。

    取締役の任期は、選任後2年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時までですが、定款又は株主総会の決議によって、その任期を短縮することもできます。

    公開会社ではない株式会社の取締役の任期は、定款で定めることにより、選任後10年以内に終了する事業年度のうち最終のものに関する定時株主総会の終結の時まで伸長することもできます。

    なお、公開会社とは、株式会社が発行する株式の全部又は一部について、株式の譲渡について株式会社の承認を要する旨の定款の定めがない株式会社をいいます。株式を市場に公開しているかどうかは関係ありません。

    代表取締役の地位は取締役の地位に基づくものであるため、取締役の任期が満了した場合には、代表取締役の任期も満了して退任になります。

    再任の手続き

    再任するためには、株主総会を招集して選任の決議をして、株主総会議事録などを添付して登記の申請をしなければなりません。

    株主総会の招集は、株主総会の日の2週間前までに、各株主に対して通知を発することによって行います。

    2週間前という期間は公開会社を対象としたもので、非公開会社では、1週間前までに通知を発することで足ります。さらに、取締役会非設置会社においては、定款で1週間よりも短い期間とすることも可能です。

    登記は法務局で手続きします。オンラインによる登記申請もできます。

    株式会社は、役員の任期満了から2週間以内に、役員変更の登記をしなければなりません。登記を怠ったときは、裁判所から100万円以下の過料に処される可能性があります。

    取締役の再任に関する株主総会決議が適切であっても登記を失念している場合もあります。同じ人が役員に再任された場合、役員の氏名は同じなので、役員変更の登記は必要ないと思い込んでいる人もいますが、このような場合(重任)も、役員変更の登記が必要です。

    再任手続きを忘れた場合

    取締役再任の手続きを忘れた場合、取締役が不在になっている状態なので、原則としては、会社の意思決定や業務執行ができないことになり、社内的対外的な混乱をまねくおそれがあります。

    ただし、会社法(346条1項)では、任期満了等で退任した取締役は、後任の取締役が就任するまで、なお引き続き取締役の権利義務を有することとされています。この規定に基づいて、任期が切れているにもかかわらず後任取締役の選任手続きがされていないため、従来の取締役が取締役としての権利義務が続行している(しなければならない)状態であるときは、これを「権利義務取締役」といいます。取締役としての地位あるわけではないが、取締役としての権利と義務は有する、という存在です。

    したがって、取締役不在中の法律行為がすべて無効になるというものではありませんが、登記を怠っているなどの法律違反の状態にあることは事実なので、早急に正常な状態に回復させなければなりません。

    中小企業では、株主総会を開催しないまま運営しているケースも珍しくないため、登記をしていないことをあまり気にしない経営者もいます。しかし、法的に不正常な状態にしておくと思いがけない経営リスクに発展することがあります。弁護士や司法書士などの専門家に相談して、適切な手続きを確認しましょう。


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  • 取締役会の進行

    取締役会の流れ

    取締役会は、株主総会と違っていつものメンバーでやる会議ですから、会社法や定款などに定めがある、報告すべき事項、決議すべき事項についてきちんと処理されていれば、あまり形式にこだわることはありません。

    一般的に、特に小規模の会社では、社長一人が終始発言することが多いようなので、シナリオを準備する会社は少ないと思われます。

    役員入室

    一般的な取締役会は外に会場を借りるのではなく、社内の会議室で行われます。役員入場と言っても、列を作って入場してくるイメージではありません。会議室に定刻までに三々五々集まるという形です。始まるまでは雑談をして過ごすことが多いでしょう。ただし、社長は、全員が揃ったところで登場することにしている会社が多いと思います。

    審議

    通常、代表取締役社長が議長になります。会社法には取締役会の議長についての定めがないので、通常は、定款か取締役会規程で定めておきます。定めがないときは、会議の冒頭で選出します。一般論で言えば、取締役であれば誰でも議長になれます。

    特定の議案に対して「特別の利害関係を有する取締役」は、利害関係のある議題の決議に参加することはできません。その場合は、取締役会の議長になることもできません。

    (冒頭挨拶)
    本⽇は出席くださいましてありがとうございます。当社定款第○条の定めによりまして、私、○○が議⻑を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。

    (冒頭挨拶続き)
    ここで、議長(社長)が、近頃思ったことについて発言したり、訓示的な発言をすることが多いようです。社長の性格によります。

    (開会宣⾔)
    それではただ今より、令和○年度第○回取締役会を開会いたします。本⽇の会議の⽬的は、お⼿元の招集ご通知に記載してありますとおりでございます。

    取締役会の決議は、議決に加わることができる取締役の過半数が出席し、その過半数で行うとされています。一目でわかる場合は省略することもありますが、一応定足数は意識しなければなりません。

    (定足数)
    本取締役会におきまして議決権を有する取締役数は○名でございます。本日ご出席の取締役数は○名でございます。したがいまして、本取締役会は必要な定⾜数を満たしております。

    議事の順番に法的なしばりはありませんが、一般的には報告事項から始めます。会社法に定めのある事項は必ず報告しなければなりません。その他に、「その他の重要な業務執行の決定」として、営業方針や新商品の取り扱い、採用計画などの重要な事項の報告が行われます。重要な事項の報告は、議長自身が行うこともありますが、議長の指名で担当の取締役が行うこともあります。

    (報告事項)
    それでは、私から、代表取締役による自己の職務の執行状況の報告についてご報告申し上げます。お⼿元の資料をご覧ください。

    (説明)

    (説明終了)
    以上をもちまして、報告事項を終了とさせていただきます。ご質問がある⽅は挙⼿をお願いします。

    (報告事項承認)
    報告事項に関しては、ここで質疑を打ち切り採決に移ります。報告事項についてはご了解をいただいたということでよろしいでしょうか。ご承認をいただきました。ありがとうございます。

    (決議事項)
    次に決議事項に移ります。本日の決議事項はお手元に配布している資料にございます。まず、第1号議案について主旨を説明させていただきます。

    (説明)
    第1号議案に質問はありませんか。

    (決議)
    それでは、採決いたします。原案にご異議ございませんか。ありがとうございました。本議案は原案通り承認可決されました。

    (以下、次の議案)

    (審議終了)
    以上をもちまして、全ての決議事項が原案通り承認可決されました。ありがとうございます。その他、皆さんからなにかございますか。事務局からなにかありますか。

    (閉会宣言)
    それでは、本日の取締役会はこれで閉会といたします。ありがとうございました。

    役員退席

    特に決まりはありませんが、少し雑談をして、先に社長が退席し、その後、散会することが多いと思います。


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  • 役員退職金の決め方

    取締役の退職慰労金

    役員退職金は役員退職慰労金ともいいます。役員退職金は、取締役や監査役などの役員が退任したとき、又は死亡したときに、従業員の退職金と同様の意味で支払う役員報酬の一つです。

    中小企業では、流通性のない株式に多額の相続税がかかることがあり、相続税の原資として現金が必要になることから、オーナー社長の場合は、会社がかける生命保険とセットにした退職慰労金規程を定めるのが一般的です。

    株主総会の決議が必要

    役員退職慰労金を支給するには、株主総会の決議(普通決議)が必要です。その際、一般的には金額を示さず、「内規に従い、具体的金額、時期、支払い方法などを取締役会に一任」すると決議します。そのうえで、取締役会が「役員退職金規程」や前例に則って金額を算出します。

    いくら支給するか

    国税庁は、役員に支給する退職金の損金算入について「支給した退職金の額が、その役員が法人の業務に従事した期間や退職の事情、類似した法人の退職金の支給状況に照らして相当であると認められる金額を超える」かどうかという基準を示しています。

    算定の仕方が合理的で、著しく世間通念を超えるものでない限り、通常は損金経理できます。

    「算定の仕方が合理的」というのは、内規などで算定方式などを定めていることをいいます。「著しく世間通念を超えるものでない」というのは、同業他社と比較して立とうかどうかをいいますが、企業規模によっても判断が違ってきます。

    一般的な計算式

    最初に役員に就任した日から退任する日までの期間を通算して、最後の報酬月額をかける算出方法が一般的です。

    退職時の報酬月額 × 通算役員在任年数 × 役位係数(最終役位)

    各役位の在任期間の長短が無視されるので厳密さに欠けますが、計算しやすいため、広く採用されています。

    在任期間を累積する計算式

    社長になる場合、通常は取締役や専務などを経て社長に就任します。歴任した役位ごとに退職金を計算し、その合計を退職金とする計算方法です。


    平取締役在任期間 〇年 × 平取締役としての最後の報酬月額 × 平取締役の役位係数
    専務取締役在任期間 〇年 × 専務取締役としての最後の報酬月額 × 専務の役位係数
    社長在任期間 〇年 × 社長としての最後の報酬月額 × 社長の役位係数

    それぞれの金額を合計して退職慰労金の基礎金額とします。

    報酬月額を実績ではなく現在の水準にする方法もあります。例えば、平取締役在任期間については、現在の平取締役の平均報酬月額を用います。この方法だと、一般的には若干支給額が多くなります。

    役位別に定額を決める計算式

    報酬に実績値を使わず、役位別に定額を決める算出方法です。これにも累積方式と通算方式があります。通算方式の場合は、つぎの算式になります。

    定額(最終役位)× 通算役員在任年数 × 役位係数(最終役位)

    シミュレーション

    計算式を安易に決めて、いざとなったときに実情に合わないのに気づき、慌ててて内規を変更すると、税金逃れのために形だけ作ったとみなされて、損金算入が否認されることもあり得ます。

    実際問題としては支給したい金額があるのが自然です。内規を決めるときにはシミュレーションを重ねて、納得性のある金額が導き出されるかどうか慎重に検討しましょう。

    以下はシミュレーションの手順です。

    退任時の月額報酬(役員賞与はいれません)と在任年数は予測によるものですが、何歳までやるかという見通しがたてばほぼ予測が立つでしょう。

    最初は係数を「1」として試算してみましょう。

    次に、設定した支給額になるように係数を動かしてみます。役位係数は功績倍率ともいいます。取締役の役位によって加算することです。代表取締役の場合で3倍程度、平取締役の場合で1~2倍程度までの水準に設定されているようです。

    役位別の係数だけで想定範囲になれば良いのですが、会社の成長に大きく貢献した役員については、上記の計算額に加えて加算金が上乗せすることもめずらしくありません。上記の式による役員退職慰労金に30%~50%程度加算することが多いようです。

    逆に、損害を与えたとみなされる場合には、内規に定めた額より減額し、又は不支給とする場合もあることを定めておきます。

    監査役の退職慰労金

    監査役の場合も、基本的には取締役に支給する場合と同様ですが、決め方に若干異なるところがあります。

    監査役の退職慰労金(報酬等)は、定款にその額を定めていないときは、株主総会の決議によって定めことになっています。

    取締役の場合は、金額を示さず「内規に従い、具体的金額、時期、支払い方法などを取締役会に一任」すると決議することが多いです。監査役の場合だと「監査役会にに一任」または「監査役の協議に一任」ということになります。監査役は独立性が認められているので、取締役会に一任させることはできません。

    しかし、中小企業には監査役会が無く、しかも一人監査役の会社が多いので、結果的に一人に金額等を任せることになってしまいます。

    これだと不都合があるということで、一人監査役の会社では、株主総会で退職慰労金の額等の詳細を決議することが多いようです。

    弔慰金

    役員が在任中に死亡したときには、退職慰労金とは別枠で弔慰金を支払う会社もあります。多めの香典のようなものですから、多額に過ぎなければ損金経理が認められます。ただし、内規等で退職慰労金との区分を明確にしておく必要があります。


    関連記事:役員退職金規程のサンプル

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