Last Updated on 2025年9月11日 by 勝
労災上乗せ保険とは
従業員が業務中に病気やケガをしたときには、政府が運営する労働者災害補償保険(労災保険)によって災害補償が行われます。
しかし、労災保険がカバーしてくれるのは、損害の全てではありません。従業員が被災した時に「労災保険が適用できるならそれでよいのではないか」と思っている経営者も少なくありません。
確かに会社に全く落ち度がない事故等であれば、見舞金程度で済むかもしれません。ところが、労働災害が起こった原因が、会社に何らかの不手際があるなど、会社の責任を問えるような場合には、従業員や遺族が会社に対して損害賠償を請求することがあります。
そうした損害賠償金は、労災保険だけではカバーしきれないので、不足の分は会社が支払わなければなりません。場合によっては巨額になることがあります。そのようなリスクに備える保険が、労災上乗せ保険です。
損害賠償リスク
労災保険給付以上の補償は必要か?
政府の労災保険は、労働者を守るための最低限のセーフティネットです。大づかみに言えば給与の約80%が支給されますが、残りはカバーされません。
法的には、労災事故が会社の安全配慮義務違反によるものでない限り、会社にこの差額を補填する義務はありません。
しかし、従業員の方が「事故の原因は会社の安全配慮義務違反にある」として、裁判で損害賠償請求を起こした場合、労災保険ではカバーされない部分(差額の賃金や慰謝料など)の支払いを命じられるリスクがあります。
福利厚生の観点もある
万が一の事態に備え、従業員は日頃から「もし仕事で怪我をしたら、生活はどうなるんだろう」という不安を抱えています。労災保険だけで対応する場合、「会社は、いざというとき頼りにならない」という不信感につながりかねません。
このような不安を解消し、従業員が安心して仕事に取り組める環境を整える保険が「労災上乗せ保険」です。
労災上乗せ保険の主な補償内容は?
この保険は、政府の労災保険ではカバーできない部分を補うためのものです。大きく分けて2つの補償内容があります。
1. 法定外補償保険(見舞金補償)
これは、会社が任意で支払う見舞金や差額の休業補償をカバーするものです。
- 従業員への福利厚生: 労災保険の給付では不足する約20%の給与差額や、最初の3日間の待期期間中の休業補償をカバーします。これにより、従業員は収入を気にせず療養に専念でき、会社への信頼感が高まります。
2. 使用者賠償責任保険(訴訟リスク対応)
これは、万が一、従業員から安全配慮義務違反を理由に訴訟を起こされた場合に、その損害賠償金や訴訟費用をカバーするものです。
- 高額な賠償金への備え: 慰謝料や逸失利益など、労災保険の給付を超える高額な賠償金の支払いに備えることができます。
- 訴訟費用: 弁護士費用や裁判費用も補償されるため、安心して法的な対応ができます。
規程を策定する
労災上乗せ保険に関する社内規定(ひな形)
労災上乗せ保険に加入した場合、従業員が安心して制度を利用できるよう、社内規定を作成し、就業規則に準じて周知徹底することが重要です。
ここでは、そのひな形と作成時のポイントをご紹介します。
労災上乗せ補償規程
第1条(目的)
この規程は、従業員が業務上の事由または通勤途中の事故により負傷、疾病、障害を負った場合、または死亡した場合において、政府の労災保険による給付に加え、会社が任意で加入している労災上乗せ保険に基づき、従業員またはその遺族に対する見舞金等の補償を行うことを目的とする。
第2条(適用範囲)
この規程は、当社のすべての従業員に適用する。ただし、この規程に基づく補償は、政府の労災保険の給付が決定された場合に限り、適用されるものとする。
第3条(補償の原則)
この規程に基づく補償は、従業員の福祉向上を目的とするものであり、会社の法的責任を認めるものではない。
第4条(補償の内容)
会社は、従業員が業務上または通勤途中の事故により、労災保険の給付対象となる以下の事由が発生した場合、労災上乗せ保険の契約内容に基づき、所定の保険金を支給する。
- 死亡見舞金
- 後遺障害見舞金
- 休業補償(労災保険給付の不足分)
- 入院・通院見舞金
第5条(給付額)
前条に定める見舞金等の給付額は、会社が加入している労災上乗せ保険の契約内容に基づき、以下の基準により算出する。
- 死亡見舞金:
- 一律5,000万円を上限とし、労災保険の遺族補償年金等の給付額を控除した額。
- 死亡時一時金として、別途1,000万円を加算する。
- 後遺障害見舞金:
- 後遺障害等級に応じて、1,500万円を上限とし、等級に応じて定められた割合で支給する。
- (例)後遺障害等級1級:1,500万円、2級:1,300万円、3級:1,100万円…14級:50万円
- 休業補償:
- 休業開始後3日間の待期期間中:休業1日につき、給与の日額を上限として支給する。
- 休業4日目以降:労災保険の休業補償給付(給付基礎日額の80%)では不足する給付基礎日額の20%分を支給する。
- 入院・通院見舞金:
- 入院1日につき、1万円を支給する。
- 通院1日につき、5千円を支給する。
第6条(申請手続き)
- 従業員は、労災事故が発生した場合、速やかに会社に報告しなければならない。
- 前項の報告を受けた会社は、労災保険の申請手続きを支援する。
- 労災上乗せ保険の給付申請は、所定の書類を会社に提出することにより行うものとし、会社が手続きを代行する。
第7条(支給時期)
第6条に定める手続きが完了し、保険会社から保険金が支払われた後、速やかに従業員またはその遺族に支給する。
附則 この規程は令和〇年〇月〇日から実施する。
規定作成時のポイント
このひな形はあくまで一例です。御社の実情に合わせて、以下の点を検討・加筆修正してください。
- 「見舞金」と「補償」の使い分け:
- この規定は「会社の法的責任ではない」という点を明確にするために、「見舞金」という言葉を使用しています。
- もし、会社として法的責任を認める場合、規定の文言を「補償金」などと変更することも可能です。ただし、その場合は弁護士に相談し、慎重に判断してください。
- 労災認定との関係:
- 第2条にあるように、補償を労災認定が前提とすることで、制度の適用範囲を明確にできます。これにより、労災と認められなかった事案に対する会社独自の判断や負担を避けることができます。
- 補償内容の具体化:
- 第4条について、実際に加入する保険商品の内容に合わせて、具体的にどのような項目(例:休業の待期期間の補償、通院費、リハビリ費用など)をカバーするのかを明記することで、従業員の安心感を高められます。
- 周知徹底:
- 作成した規定は、就業規則の一部として位置づけるか、個別の規程として社内に周知徹底する必要があります。従業員に内容を十分に理解してもらうことで、トラブルを未然に防ぐことができます。
規定を作成する際は、労働問題に詳しい社会保険労務士や弁護士に相談し、法的な観点から内容を確認してもらうことをお勧めします。
就業規則に根拠規定が必要です。
→災害補償|就業規則